敵のうち出す機関銃で、すっかりやられてしまって、敵の陣地も砲台も一向に抜けないのだ。仕方がないから、敵の陣地や砲台の下まで坑道を掘った。そして、ちょうどこの真下に、爆薬を仕かけてきて、導火線を長く引張り、そしてどかーんと爆発させたのだ。こいつが、なかなか効《き》き目《め》があって、それからというものは敵の陣地や砲台が、どんどん落ちるようになった。わが工兵隊のお手柄だ」
「はあ、なるほど。昔の兵隊さんは、えらいことをやったものですね」
「あまり効き目があるものだから、敵の方でも、この戦法を利用して、わが軍の方へ穴を掘ってきた。とんかちとんかちと、穴の中でつるはしをふるって土を掘っているのが、お互いに聞えることさえあった。早く気がついた方が、爆薬をしかけて、後方へ下がる、知らない方は土を掘りながら、爆死したものだ」
「ずいぶん、すごい話ですね。係長さん、これもやっぱり、浪花節でおぼえたのですか」
「ばかをいえ。そういつも浪花節ばかり聞いていたわけじゃない。これは、その戦争に出た、僕のお父《とう》さんから聞いた話だ」


   井戸掘り地質学


 係長さんから、数値の上に立った模範少年の森蘭丸の話を聞いたり、それからまた、旅順攻撃の、坑道掘りの話を聞いて、「未来の地下戦車隊長」を夢みる岡部一郎は、たいへん教えられるところがあった。全く、小田さんは、いい係長さんだ。
 一郎は、その日も夕方、家へ帰ると、一時間ばかり、シャベルを持って穴を掘った。その翌日も、朝起きると、シャベルを握った。こうして続けているうちに、穴は段々深くなり、地上から三メートル位も深く掘れた。
 或る日の夕方、一郎が、あいかわらず、人間地下戦車となって、汗みどろに土を掘っていると、
「一郎さん、此頃《このごろ》しきりに土地を掘っているようだが、井戸掘《いどほ》りかね」
 と、声をかけた者がある。
「ああ、お隣りの御隠居《ごいんきょ》さんですね。井戸ではないのですけれど……」
「じゃあ、防空壕かね。防空壕が出来たら、わしも入れてもらいますよ」
「防空壕でもないんだけれど……」
「じゃあ、何だね」
「さあ、ちょっといえないんですよ」
 軍機の秘密だ。母親にさえ、打ちあけてない秘密なのだから……。
「わかっているよ、一郎さん。防空壕だよ。防空壕が出来ても、わしを入《い》れまいとして、そういうんだろう。わかって
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