いるのだよ。出来たら、お前も入《い》れてお貰《もら》い」
そういって、母親は安心して、奥に引込んでしまった。
(防空壕? ははあ、これが防空壕に見えるかなあ)
防空壕をつくるにしても、一人では、たいへんである。シャベルをもつ一郎の両腕は、今にも抜けそうになってきた。しかし彼は頑張って、土と闘った。
それでも二十分程かかって、やっと腰から下が入る位の穴が掘れた。
彼は、疲れてしまって、自分の掘った穴に、腰をかけた。シャベルの先をみると、土とはげしく磨《す》り合《あ》ったために、鋼鉄が磨かれて、うつくしい銀色に、ぴかぴか光っていた。
鉄と土との戦闘である――と、彼は、また一つ悟《さと》ったのであった。
それから彼は、また頑張って、庭を掘りつづけた。ようやく、自分の体が入るだけの穴が出来たとき、また母親が顔を出した。
「一郎。もう三十分前だよ。会社へ出かけないと、遅くなりますよ」
「はい。もう、よします」
人間地下戦車は、土を払って、立ち上った。
さて、この調子では、いつになったら、本当の地下戦車が出来ることやら……。
だが、この一見ばからしい土掘り作業こそ、後《のち》の輝かしい岡部地下戦車兵団出現の、そもそも第一|頁《ページ》であったのである。だが、今ここでは岡部将軍も只の一少年工に過ぎなかった。
蘭丸《らんまる》と数値《すうち》
「係長さん、僕は、けさ、人間地下戦車になって、活動を開始しましたよ」
岡部一郎は、会社へいってからお昼の休みの時間に彼をかわいがってくれる係長の小田さんに此《この》報告をした。
「なんだって。その人間なんとかいうのは、なんだね」
係長さんは、鼻の下の小さい髭《ひげ》をこすりながら、一郎の顔をみた。
「人間地下戦車ですよ」
「人間地下戦車? なんだい、それは……」
係長さんは、目をぱちぱちして、鼻の下をやけにこすった。この係長さんは、わからないことがあると目をぱちぱち、鼻の下をやけにこするくせがある。そうやると、頭がよくなって、理解力が出てくるらしい。
そこで一郎は、けさ、うちの庭で、シャベルをもって、土を掘ったことや、母や弟から、防空壕をつくっているのだと思われたことを話した。
「……人間地下戦車は、だめですね。ほんのぽっちりしか、穴が掘れないのですもの……」
と、一郎が残念そうにいうと、係長さんは「
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