だことがあったが、それはどうやら本当らしい。
「お、お、おれは」と其の時まで独り黙っていた松山が苦しそうに呻《うめ》いた。「おれは頭が痛い。眩暈《めまい》がする。少し休みたい、ウウ」
そう云うと、彼は立ちあがり、フラフラと室《へや》を出ていった。
「いやに病人ばやりだな」と星尾が呟《つぶや》いて、意味なく笑った。
一本歯の抜けたような松山の空席《くうせき》が、帆村の眼に或る厭《いや》な気持をよびおこさしめた。それは不吉《ふきつ》な風景である。折角《せっかく》こうして探偵たる気持をわすれて麻雀を打ち、のうのうとした気分になっている筈の彼の心は、いつの間にか掻《か》き乱《みだ》されているのを感ぜずには居られなかった。四人の面子《メンツ》が坐っている筈《はず》の麻雀卓《マージャンテーブル》から、一人が立って便所に行ったりすることは、よくあることではないか。それに自分は何故、こんなことを気にしているのだろう。だが、ふりかえって此《こ》の倶楽部にきたときからのちのことを考えてみるのに、自分は競技に夢中になりたいと思っていながら、実際は隣の卓子の様子ばかりを気にしていたではないか。彼は、この室に入って来た最初に、川丘みどりが、便所に立ったらしく一度席をあけたのを思い出した。しかしそのときは別になんとも怪《あや》しむ気にはならなかったのであった。それに今はどうして、気になるのであろうか。空席は同じ一つだが、今の場合は、みどりが気分のわるい様子で、ふさいでいるのが気になるのではあるまいか。若しそうだとすると、或いは自分も、本気でみどりを恋してるのかしら――園部や、星尾や、松山などと同じように。
松山といえば、どうして彼は帰ってこないのであろう。なぜに川丘みどりが真蒼《まっさお》になってから、急に松山も頭が痛むなどと病気になったのであろうか。果して松山は病気なのかしら。帆村の脳髄のうちには、何時《いつ》の間《ま》にやら、さまざまの疑問が湧いているのに気がついた。いや、これは浅間《あさま》しい探偵という職業意識である。今夜は仕事を忘れて、ただ麻雀を打っているのではないか。つまらんことは考えまい。――
そのうちに、取りのこされていた星尾と園部とみどりの三人は、もう勝負を争うことをあきらめたものか、卓子を離れて、この室を出て行った。帆村探偵は、ようやく安易《あんい》な気持になって、
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