ぱってくることだ。気を付けていると、その度に、彼は麻雀牌の面《めん》に刻《きざ》みつけてあるしるし[#「しるし」に傍点]をギュッと強く撫でまわした。それがために、拇指《おやゆび》の腹が痛くなりはしないかと思われた。これは彼の悪い癖《くせ》である。
第三は、星尾助教授が、大きい和《あ》がりに躍りあがって喜んだ拍子に、隣りの園部の湯呑茶碗《ゆのみぢゃわん》をひっくりかえしてしまったことだ。大騒ぎになって牌《こま》をどかせるやら、濡れたところを拭《ふ》くやら、新しい卓子布《テーブル・クロース》を持ってこさせて、四人が四隅《よすみ》をひっぱって、鋲《びょう》で卓子へとめるやら、うるさいことであった。一度は、
「吁《あ》ッ、痛ッ!」
と松山が大声で叫んだので、みると、指の尖端《とっさき》を口中に入れて舐《な》めていた。なにか乱暴なことをやったものらしい。それを誰かが野次《やじ》ったものらしくドッと笑声がわきあがったが、どうしたものか、其後《そのご》一座は、たいへん静かであった。
「どうかしたの、みどりさん。どんな気持なんですか、ええ?」
園部が、その対門《むかい》にいるみどりを頓狂《とんきょう》な声で呼ぶのをきいて、帆村は何とは知らずハッとした。顔をあげてみると、どうしたというのだろう、川丘みどりの顔色が真蒼《まっさお》だった。常から透《す》きとおるように白かった皮膚から、血の気《け》がすっかり引いてしまって、まるで板|硝子《ガラス》を重《かさ》ねておいて、それを覗《のぞ》きこんだような感じがした。園部は、これも青くないとは云えない顔色に、憂《う》るわしげに眉《まゆ》をひそめて、みどりの顔色をのぞきこんでいる。
「早く医者にみて貰いなさい、僕、すぐ呼んできたげるから……」と園部は、心配で心配でいても立っても居られないという様子だった。
「みどりさん、気分でも悪いのかい」
星尾助教授も競技の手を休めて言った。
「いいのよウ、直《す》ぐなおるわよ」
「だけど、……そりゃ診《み》て貰った方がいいですよ、ね、ね」と園部は今にも馳け出しそうな姿勢をするのであった。帆村は思いあたるところがあった。例の仲間のうちで、川丘みどりをスポーツ・マンの松山虎夫と、星尾助教授とで張り合っているという世間公知《せけんこうち》のかたわら、園部も実はみどりを恋しているのだという噂はチラリと聞きこん
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