麻雀殺人事件
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)目下《もっか》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)麻雀|倶楽部《クラブ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)勝負ごと[#「ごと」に傍点]に
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     1


 それは、目下《もっか》売出《うりだ》しの青年探偵、帆村荘六《ほむらそうろく》にとって、諦《あきら》めようとしても、どうにも諦められない彼一生の大醜態《だいしゅうたい》だった。
 帆村探偵ともあろうものが、ヒョイと立って手を伸ばせば届くような間近《まじ》かに、何時間も坐っていた殺人犯人をノメノメと逮捕し損《そこな》ったのだった。いや、それどころではない、帆村探偵は、直ぐ鼻の先で演じられていた殺人事件に、始めから終《しま》いまで一向気がつかなかったのだというのだから口惜《くや》しがるのも全く無理ではなかった。
「勝負ごと[#「ごと」に傍点]に凝《こ》るのは、これだから良くないて……」
 彼はいまだにそれを繰返しては、チェッと舌を打っているところを見ると、余程《よほど》忘れられないものらしい。彼が殺人事件とは気づかず、ぼんやり眺めていたという其の場の次第は、およそ次にのべるようなものだった。
     *   *   *
 それは蒸《む》し暑い真夏の夜のことだった。
 大東京のホルモンを皆よせあつめて来たかのような精力的《エネルギッシュ》な新開地《しんかいち》、わが新宿街《しんじゅくがい》は、さながら油鍋《あぶらなべ》のなかで煮《に》られているような暑さだった。その暑さのなかを、新宿の向うに続いたA町B町C町などの郊外住宅地に住んでいる若い人達が、押しあったりぶつかり合ったりしながら、ペーブメントの上を歩いていた。郊外住宅も案外涼しくないものと見える。
 帆村探偵は、ペーブメントの道を横に切れて、大きいビルディングとビルディングの間の狭い路を入ると、突当りに「麻雀《マージャン》」と書いた美しい電気看板のあがっている家の扉《ドア》を押して入った。彼は暑さにもめげず大変いい機嫌だった。というのもその前夜で、永らくひっかかっていた某大事件《ぼうだいじけん》を片付けてしまったその肩の軽さと、久しぶりの非番を味《あじわ》う喜びとで、子供のように、はしゃいでいた。三年こっち病《や》みつき
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