の麻雀を、今夜は思う存分闘わしてみようと思った。
「あ、こりゃ大変だ」
 と帆村は、麻雀|倶楽部《クラブ》の競技室のカーテンを開くと、同時に叫んだ。この暑いのに、文字通り立錐《りっすい》の余地のない満員だった。
「いらっしゃいまし。今日は土曜の晩なもんで、こう混《こ》んでんのよ、センセーッ」
 麻雀ガールの豊《とよ》ちゃんが、鼻の頭に噴きだした玉のような汗を、クシャクシャになった手帛《ハンカチ》で拭き拭き、そう云った。
「先生――は、よして貰いたいね、豊ちゃん。あの星尾信一郎《ほしおしんいちろう》氏は本当の先生なのに、あいつ[#「あいつ」に傍点]のことは、シンチャン、シンチャーンってね……」
「いけないワ先生」と豊ちゃんは、真紅に耳朶《みみたぼ》を染めながらそれを抑えた。「いま星尾さん、いらしっているのよ。そんなこと聞えたら、あたし、困っちゃうワ」
「困るこたァ無いじゃないか、豊っぺさん」と帆村はますます上機嫌に饒舌《しゃべ》った。「こんなことは、聞えた方が目的は早く叶《かな》うよ。それとも僕、本当にシンチャンに言ってやろうか。豊ちゃんが実は昔風のなんとか煩《わずら》いをしていますが、先生の御意見はいかがでしょうッてね。だけど僕のことをセンセといいませんて誓ってくれなきゃ、僕やってやらんぜ」
「そんなんないわ」
「豊ちゃん、記録ーゥ」と叫ぶものがある。
「ハーイ、唯今《ただいま》」とそれには答え、それから帆村の方に向き、低い声で言った。
「あのシンチャンのお仲間、今日もお昼からきて特別室でやってなさるのよ。帆村さんも、あっちへいらっしゃらない」
 特別室というのは広間《ホール》の隣りにある長細い別室で、ここには割合にゆっくり麻雀|卓子《テーブル》が四台並べてあり、椅子にしても牌《こま》にしてもかなり上等のものを選んであり、卓子布子《テーブルクロース》に、白絹《しろぎぬ》をつかっているという贅沢《ぜいたく》さだった。帆村が入ってみると、どの台にも客がいた。一番|窓際《まどぎわ》の卓子《テーブル》に、豊ちゃんの云った「例のお仲間」の四人が、一つの卓子《テーブル》を囲んで、競技に夢中になっていた。帆村は側《かたわ》らの長椅子に身を凭《もた》せて、しばらく席が明くのを待っていなければならなかった。彼は見るともなしに、「例のお仲間」の方に顔を向けていた。
「こんなに蒸《む》し
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