付いてきたものと見えます。二階では、コツコツと跫音《あしおと》がしています。兄が廊下を歩いているのでしょう。
「ああ――」
老婦人は、一つ寝返《ねがえ》りをうちました。そのときに両眼《りょうがん》を天井の方に大きく開きました。
「ああ、うちの人は帰って来たのかしら」
「いいえ、あれは私の兄ですよ」
老婦人は急に恐ろしい顔になって、私の方を向きました。
「兄さんですって――」
「二階へ調べに行っています」
「二階へ? そりゃいけません。恐ろしい魔物にまた攫《さら》われますよ。危い、危い。さ、早くわたしを二階へ連れていって下さい」
そのときでした。俄《にわ》かに二階で、瀬戸物《せともの》をひっくりかえしたようなガチャンガチャンという物音が聞えてきました。つづいてドーンと床を転《ころ》がるような音がします。
「民夫《たみお》! 民夫! 早く来てくれッ」
兄の声です。兄が呶鳴《どな》っています。とても悲痛《ひつう》な叫び声です。今までにあんな声を兄が出したことを知りません。恐ろしい一大事が勃発《ぼっぱつ》したに違いありません。
私は老婦人の傍《そば》から立ち上ると、室の扉《ドア》を蹴
前へ
次へ
全81ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング