す。私は何事だろうと思って、兄の視線を追いました。
「おお、あれは何だろう?」
 私は思わず早口に独言《ひとりごと》を云いました。ああそれは何という思いがけない光景を見たものでしょうか。何という奇怪さでしょう。向うから白い服を着た男が、フワフワと空中を飛んでくるのです。それは全く飛ぶという言葉のあてはまったような恰好でした。私は何か見違《みちが》いをしたのだろうと思いかえして、両眼《りょうがん》をこすってみましたが、確かにその人間はフワリフワリと空中を飛んでいるのです。だんだんと其《そ》の怪《あや》しい人間は近づいて来ます。私は兄の腰にシッカリ縋《すが》りついていましたが、恐《こわ》いもの見たさで、眼だけはその人間から一|刻《こく》も離しませんでした。
「民《たみ》ちゃん、恐くはないから、我慢をしているのだよ」と兄は私の肩を抱きしめて云いました。「じッと動かないで見ているのだ。じッとしてさえ居れば、あいつは気がつかないで、僕たちの頭上を飛びこして行っちまうだろう」
「うん。うん」
 私はやっと腹の底からその短い言葉を吐《は》きだしました。そのときです。怪しい人間が頭上五メートルばかりの
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