を照らしていましたが、先刻《さっき》見えた怪《あや》しい鬼影《おにかげ》は、まったく見当りません。唯《ただ》空《むな》しく開いた入口の外は木立《こだち》の影でもあるのか真暗《まっくら》で、まるで悪魔が口を開《あ》いて待っているような風《ふう》にも見えました。
「さっき戸口がゴトゴト云ってたが、みな外へ逃げ出したのかも知れない」
 警部の声を聞きつけたものか、あちらこちらから、部下の警官が匍《は》いよってきました。
「警部どの。あれは一体人間なんですか」
「人間ですか。それとも人間でないのですか」
 部下のそういう声は慄《ふる》えを帯《お》びていました。
「さア、私《わし》にはサッパリ見当がつかん」
 警部も、今は匙《さじ》を投げてしまいました。それから沈黙の数分が過ぎてゆきました。その間というものは建物の中がまるで死の国のような静けさです。
「オイみんな。元気を出せ」と警部が低いが底力《そこぢから》のある声で云いました。「この機に乗《じょう》じて一同前進ッ」
 警部は左手をあげて合図《あいず》をすると、自《みずか》ら先頭に立ってソロソロと匍《は》い出しました。ゆっくりゆっくり戸口の方へ
前へ 次へ
全81ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング