いことを口にしたのでしょう。俄《にわ》かに襟元《えりもと》がゾクゾクしてきました。
「ほんとに神秘な夜だ。東京にいては、こんなに月の光や、星のことなどを気にすることはないだろう。こんな高い山の頂きにいると空の化物に攫《さら》われてしまいそうな気がしてくる」
 私は先程の元気も嬉しさもが、いつの間にか凋《しぼ》んでしまったのに気がつきました。ザワザワと高く聳《そび》えている杉の梢《こずえ》が風をうけて鳴ります。天狗颪《てんぐおろし》のようです。なんだか急に、目に見えぬ長い触手《しゅくしゅ》がヒシヒシと身体の周《まわ》りに伸びてくるような気がしてきました。私はいつの間にか、兄の袂《たもと》をしっかり握っていました。
 丁度《ちょうど》そのときです。
 微《かす》かながら、絹《きぬ》を裂《さ》くような悲鳴が――多分悲鳴だと思ったのですが――遠く風に送られ何処からか響いたように感じました。
「呀《あ》ッ!」
 と私は口の中で呟《つぶや》きました。たしかに耳に聞えました。気のせいにしては、あまりに鮮《あざや》かすぎます。
 誰か来て下さい――といっているようにも思われる救いを求める声が、間もなく
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