名を帆村荘六《ほむらそうろく》といいます。
「民ちゃん、御覧よ」と兄が突然口を切りました。空を指しています。「あの綺麗《きれい》な月はどうだい」
「いいお月様ですね」
「東京では、こんな綺麗な月は見られないよ。箱根の高い山の上は、空気が濁《にご》っていないから、こんなに鮮かに見えるのだよ」
「今夜は満月でしょう」
「そうだ、満月だ。月が一番美しく輝く夜だ。まるで手を伸ばすと届くような気がする。昔|嫦娥《じょうが》という中国人は不死の薬を盗んで月に奔《はし》ったというが、恐らくこのような明るい晩だったろうネ」
私は嫦娥などという中国人のことなどはよく知らないのですが、しかしお月様の中に棲《す》んでいるという白兎《しろうさぎ》が、ピョンと一|跳《は》ねして、私の足許《あしもと》へ飛んできそうな気がしました。
「だが向うの森を御覧」と兄は又別のことを云いだしました。「あの森蔭の暗いことはどうだ。あまり月が明るいので、却《かえ》ってあんなに暗いのだ」
「なんだか化物がゾロゾロ匍《は》いまわっているようですね」
そうは云ってしまったものの、私は失敗《しま》ったと思いました。何という気味のわる
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