向いてニコニコ笑っているではありませんか。ああ私は何か夢を見ていたのでしょうか。
「に、にいさん――」
「おお、気がついたナ、民《たみ》ちゃん」
兄は私の手を握ると、顔を寄せました。
「どうしたんです。兄さん。――博士夫人も笑っていらっしゃるじゃありませんか」
「はッはッ。では夫人に訳を伺《うかが》ってごらん」
「イエあたくしからお話申しましょうネ。早く申せば、私のつれあい――つまり谷村が無事で帰って来たのです。兄さんたちのお骨折りの結果です」
「どうして無事だったんです。誰か死んでいましたよ、隧道《トンネル》の上で……」
「あれなら大丈夫。あれは僕だったんですよ」
と、そういって脇《わき》から逞《たくま》しい男が出て来ました。見れば、どこかで見たような顔です。
「僕――黒田巡査です」
「ああ、黒田さん」
「僕が土に埋《う》められたところを、皆さんで掘り出して下すったのです。僕だけではなく、博士も助かったんです。これは怪物が隧道から飛び出すときに、私達を土と一緒に跳ねとばして埋めてしまったんです」
「ああ、すると怪物はやはり隧道から逃げてしまったのですネ」
「そうです、逃げてしまったのです――但し一匹を除いてはネ」
「一匹ですって?」私は思わず大声に訊《き》きかえしました。「一匹は逃げなかったんですか」
「そうなんだよ、民ちゃん」と今度は兄が横から引取って云いました。「一匹だけ、僕等の手に捕《とら》えることができたんだよ。それも、お前の手柄から来ているんだ」
「手柄ですって? なんだか、なにもかも判らない尽《づく》しだナ」
「そうだろう。いや、夜が明けると、何も彼《か》もが、まるで様子が違っちまったのだからネ」
そういって、やがて兄が顛末《てんまつ》を話してくれました。それはまったく思いもかけなかったような新事実でありました。
谷村博士の研究録
兄は、私から渡された例の白毛《しらげ》のことを思い出し、それの正体《しょうたい》を一刻《いっこく》も早く知りたい気持で一ぱいで、小田原の警備隊の中からひとり脱け出でると、この谷村博士邸へ帰ってきたのだそうです。私はいま、博士|邸《てい》に来ているのだそうですから、驚きますネ。
兄はこの怪物について、きっと博士の研究があるものだと考え、博士夫人の力を借りて研究室をいろいろ探したのです。すると果して書類函
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