足でしょう。行方不明になった谷村博士も黒田警官も洋服を着ている筈です。兄は私と同じく和服でありました。するとこの裸の足は、ああ……
私はそう思うと、頭がクラクラとしました。謎を包んだ大きい穴が、急にスーと小さくなって、釦《ボタン》の穴ほどに縮《ちぢ》まったような気がいたしました。それっきりでした。私は大きい衝動《しょうどう》にたえきれないで、恐ろしい現場《げんば》を前に、あらゆる知覚《ちかく》を失ってしまいました。暗い世界に落ちてゆくような気がしたのが最後で、なにもかも解《わか》らなくなったのです。
覚醒《かくせい》のあと
或るときは、月光の下に、得体《えたい》の知れぬ鬼影《おにかげ》を映しだす怪物、また或るときは、変な衣裳《いしょう》を着て闊歩《かっぽ》する怪物、その怪物を、うまく隧道《トンネル》の中に閉《と》じこめたつもりであった警官隊でありましたが、隧道の上に、なんとしたことか、大きい穴が明いていたのです。もしやこれが、怪物の逃げ出した穴ではないかしらと、白木警部はじめ一同が、その穴の縁《ふち》に近づいたとき、傍《かたわ》らの盛土《もりつち》の中から、二本の足がニョッキリ出ているのを発見して大騒《おおさわ》ぎになり、私は、その足の主が、きっと兄の帆村荘六だろうと考え、なんという浅ましい光景を見るものかなと思ったとき、気を失ってしまいました。――と、そこまではお話しましたっけネ。
それから、どのくらい経《た》ったのか、私には時間の推移《すいい》がサッパリ解りませんでした。フッと気がついたときには、あの凄惨《せいさん》な小田原の隧道の上かと思いの外、身はフワリと軟《やわらか》いベッドの上に、長々と横になっているのでありました。
「ああーッ」
私は思わず、声を放《はな》ちました。(ああ、気がついたようだ)(もう大丈夫)などという囁《ささや》きがボソボソと聞えます。ハッと気がついて周囲《まわり》をキョロキョロと見廻すと、これはどうしたというのでしょう。傍《かたわ》らに立って、こちらへ優しく笑額を向けているのは、あの悲歎《ひたん》の主《ぬし》、谷村博士の老夫人だったのです。いや駭《おどろ》きと意外とは、そればかりではありません。いまのいままで、惨死《ざんし》したとばかり思っていた兄の荘六までが、警官や手術衣《しゅじゅつぎ》の人達の肩越しに、私の方を
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