。化物はもう残っていないのでしょうか。残っていたら、それこそ大変です。それから気にかかるのは、谷村博士と黒田警官の行方《ゆくえ》です。それも今夜は尋《たず》ねようがありません。
警備の人々は帽子を脱《ぬ》いでホッと溜息《ためいき》を洩《も》らしました。そして道傍《みちばた》にゴロリと横になると、積り積った疲労が一時に出て、間もなく皆は泥《どろ》のような熟睡《じゅくすい》に落ちました。
山頂《さんちょう》の怪《かい》
警備の人達の苦労を知《し》らぬ気《げ》に、いくばくもなく東の空が白んできました。生き残った雄鶏が元気なとき[#「とき」に傍点]をつくると、やがて夜はほのぼのと明け放れました。
「やあ」
「やあ」
目醒《めざ》めた警備の人々は、相手の真黒に汚れた顔を見てふきだしたい位でした。瞼《まぶた》は腫《は》れあがり、眼は真赤に充血し、顔の色は土のように色を失い、血か泥かわからぬようなものが、あっちこっちに附着《ふちゃく》していました。しかしそれは自分の顔のよごれ方と同じであったのですが、始めは気がつきませんでした。
「化物《ばけもの》はどうしたな、オイ巡視《じゅんし》だッ」白木警部の呶鳴《どな》る声がしました。
私もその声に、ハッキリと目が醒《さ》めました。ハッと思って傍《そば》を見ると、一緒にいた筈の兄の荘六《そうろく》の姿が見えません。
「兄さん――」
呼んでみても、誰も返事をする者がありません。
「もしもし、兄を知りませんか」
「帆村君かネ」と警部さんも訝《いぶか》しそうにあたりを振りかえってみました。「そこにいたと思ったが、見えないネ」
私は急に不安になりました。
警部さんは巡視隊《じゅんしたい》を編成《へんせい》すると、勇しく先頭に立って歩きはじめました。
「私も連れていって下さい」
「ああ、恐ろしくなければ、ついて来給《きたま》え」
そういって呉《く》れたので、私も隊伍《たいご》のうしろに随《したが》って歩き出しました。
歩いているうちにも、化物の封鎖された隧道《トンネル》のことよりも、兄のことが心配になってたまりません。私はあたりをキョロキョロ眺《なが》めながら歩いてゆくので、幾度となく線路や枕木に蹴つまずいて、倒れそうになりました。
隧道《トンネル》の入口に近づいてみますと、昨夜とはちがって白昼《はくちゅう》だけにそ
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