ところを、フワフワと飛び越しました。人間が飛ぶなんて、出来ることでしょうか。飛び越されるときに、なおもハッキリ下から見上げましたが、その怪しい人間は、寝台《しんだい》の上に乗ったように身体が横になっていました。手足はじっとしています。別に動かしもしないのに、宙を飛んでいるのです。どんな顔をしているかと見ましたが、生憎《あいにく》顔が上を向いているので、下からはよく見えません。しかし白い服と思ったのは、お医者さまがよく着ている手術着のようなものでした。
兄と私は、こんどは後から伸びあがって、飛んでゆく人の姿を見つめていました。白衣《びゃくい》の人は、尚《なお》もフワフワと飛びつづけてゆきます。そしてだんだん高く昇ってゆきます。深い谿《たに》が下にあるのも気がつかぬかのようにそこを越えて、やがて向うの杉の森の上あたりで姿は見えなくなってしまいました。私達は悪夢《あくむ》から覚《さ》めたように、呆然《ぼうぜん》と立ちつくしていました。
「不思議だ、不思議だ」
兄は低く呟《つぶや》いています。
そこへバタバタと跫音《あしおと》がして、年とった婦人が駈けてきました。さっき窓から半身を乗りだして救いを呼んでいたのは、この婦人でしょう。家の中からとびだして来たものです。
「ああ、貴方がた、主人はどこへ行ってしまったでしょう」
老婦人は紙のように蒼白《そうはく》な顔色をしていました。両手をワナワナと慄《ふる》わせながら、兄の胸にとびついて来ました。
「奥さん、しっかりなさい」と兄は老婦人の背をやさしく撫《な》でて言いました。
「あれは御主人だったのですか。向うの方へゆかれましたが、追駈けてももう駄目です」
「駄目でしょうか」婦人は力を落して、ヘナヘナと地上に膝《ひざ》をつきました。兄は直ぐに気がついて助け起しました。
「さあ奥さん。こうなれば私達は落付きをとりかえさなければなりません。詳《くわ》しいお話をうかがうことによって、一番いい方法が見つかることでしょう。しっかり気をとりなおして、一伍一什《いちぶしじゅう》を話して下さい」
「ああ、恐ろしい――」老婦人は顔に両手を当てると、何を思い出したのか、ワッと泣き出しました。
「奥さん、お家の中へお送りしましょう」
「ああ、家の中ですか。いえいえそれはいけません。家の中には、まだ恐ろしい魔物《まもの》が居るにきまっています。貴方
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