その大きい頭部が、見る見るうちに角《つの》が出たり、二つに分かれたり、そうかと思うとスーッと縮《ちぢ》んで小さくなったり、その気味《きみ》の悪さといったらありません。なんと形容して云ったらよいか。
 ああ、そうだ。
「崩《くず》れる鬼影《おにかげ》!」
 影が崩れる、鬼の影――というのは、これなのです。私は背中に冷水を浴びたように、ゾーッとしてきました。血が爪先《つまさき》から膝頭《ひざがしら》の辺までスーッと引いたのが判りました。一体これは何者でしょうか。
 鬼か、人か?
 妖怪屋敷《ようかいやしき》を照らす満月《まんげつ》の光は、いよいよ青白《あおじろ》くなって参りました。
 異変の夜は、まだいくばくも過ぎていないのです。
 続いて起ろうとする怪事件は、そも何か。


   警官の紛失《ふんしつ》


「化物は何をしているんでしょ。ねエ警部さん」
 と私は白木警部の腕を抑《おさ》えて云いました。
「なんだか、ガタガタいってたのが、すこしも音がしなくなったようだネ」
 そういって警部は、注意ぶかく頭をもちあげて、戸口の方を、見ました。月光は相変《あいかわ》らず明るく硝子戸《ガラスど》を照らしていましたが、先刻《さっき》見えた怪《あや》しい鬼影《おにかげ》は、まったく見当りません。唯《ただ》空《むな》しく開いた入口の外は木立《こだち》の影でもあるのか真暗《まっくら》で、まるで悪魔が口を開《あ》いて待っているような風《ふう》にも見えました。
「さっき戸口がゴトゴト云ってたが、みな外へ逃げ出したのかも知れない」
 警部の声を聞きつけたものか、あちらこちらから、部下の警官が匍《は》いよってきました。
「警部どの。あれは一体人間なんですか」
「人間ですか。それとも人間でないのですか」
 部下のそういう声は慄《ふる》えを帯《お》びていました。
「さア、私《わし》にはサッパリ見当がつかん」
 警部も、今は匙《さじ》を投げてしまいました。それから沈黙の数分が過ぎてゆきました。その間というものは建物の中がまるで死の国のような静けさです。
「オイみんな。元気を出せ」と警部が低いが底力《そこぢから》のある声で云いました。「この機に乗《じょう》じて一同前進ッ」
 警部は左手をあげて合図《あいず》をすると、自《みずか》ら先頭に立ってソロソロと匍《は》い出しました。ゆっくりゆっくり戸口の方へ
前へ 次へ
全41ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング