ニ墜チテ死ンダトダケオ伝エクダサイ」
 とうとうやったな――と、長谷部大尉は思った。
 杉田二等水兵は、ついに機関大尉の行方を案じて、脱艦したのである。脱艦事件というものは、外国の軍艦にあっても、わが帝国軍艦には例のないことだ。それはたいへん重い罪としてある。杉田は、その重い罪であることを十分承知で、死の覚悟をもって脱艦したのである。その目的は、川上機関大尉の行方を、たしかめるためだというのだ。ああなんという悲壮な決心であろうか。
 長谷部大尉はその遺書を手にしたまま、分隊長はじめ一同の顔をぐるりと見まわした。誰もみな沈痛な顔をしていて、一語も発する者がなかった。
「本当に脱艦したものだろうか。脱艦したとすれば、どこからどういう風に脱艦したものだろうか」
 と、長谷部大尉は、誰に問うともなくそういった。
「遺憾ながら、私はなんにも知らないのです」
 分隊長は首をふった。
「あの――、杉田は、艦側から、海中にとびこんだのであります」
 と、誰かうしろの方で大声で叫んだ者があった。
「なに、艦側から? よく知っているのう。おい、誰か。もっと前へ出て話をせよ」
 分隊長はのびあがって、このお
前へ 次へ
全258ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング