つぜん長谷部大尉がうなった。双眼鏡をもつ大尉の手が、ぶるぶるとふるえた。彼はいそがしく、双眼鏡のピントをあわせた。――
飛行島の第三甲板にある労働者アパートの、はしから三つ目の窓に、鈴なりの男女の肩越しに、頭に繃帯を巻いた東洋人の顔がこっちを見ていた。
大尉の胸は、にわかに高鳴った。
彼は穴のあくほど、その東洋人の顔をみつめた。そしてもっとはっきり見たいと思って、ピントを合わせなおしたが、そのとたんに、窓から消えさった。
それからは、いくど双眼鏡を向けてみても、もうふたたびその顔は入ってこなかったのである。
「ああ――」
と長谷部大尉は双眼鏡をおろして、嘆息した。
(あの頭に繃帯して、こっちを覗いていた男は、川上の顔のように思ったが、気の迷いだったろうか)
まさか川上機関大尉が、あのような労働者アパートの男女の中にまじっているとは、ちょっと考えられない。
「――どうも分からない」
大尉は吐きだすように独言をいった。
脱艦兵
軍艦明石は、ぐんぐん船あしを早めてゆく。
南方に遠ざかる飛行島を、長谷部大尉は胸もはりさける思いで、じっと見送った。
川上機関大尉
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