できた川上を、この南シナ海の真中に残してゆくのは、実につらいことだった。
 それも捜索したあげく、見つからなかったというのなら諦めもつくが、飛行島を眼の前にしながら、上陸厳禁という艦長の命令は、あまりにもつらいことだった。だが、軍規は、あくまで厳粛でなければならない。長谷部大尉の眼には、涙一滴浮かんでいないが、胸の中は、はりさけんばかりであった。
 前艦橋に艦長が出てこられた。
 いよいよ出港だ。
 嚠喨《りゅうりょう》たる喇叭《ラッパ》が艦上にひびきわたった。
 桁《ヤード》には、するすると信号旗があがった。
「出港用意!」
 伝令は号笛《パイプ》をふきながら、各甲板や艦内へふれている。
 艦首へ急ぐもの、艦尾へ走るもの。やがて、飛行島へつないでいた太い舫索《もやいづな》が解かれた。
 機関は先ほどから廻っている。
 そのうちに、飛行島の鉄桁が横にうごきだした。艦尾は白く泡立っている。小さい波が、後にひろがってゆく。
 練習艦明石は、飛行島を離れたのだ!
 一番艦の須磨はと見れば、もうかなり先へ進んでいる。
 ららららら。ひゅーっ。
 飛行島の上からは、さかんに帽子をふる、手をふる。
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