あろうか。
練習艦明石にとって、記録すべき不祥事件の夜は、やがて明けはなれた。
「総員起し」の喇叭《ラッパ》が、艦の隅から隅へとひびくのであった。水兵たちは、また元気に甲板上を、そうして狭い艦内をとびまわる。平生とは、なんの変ったこともない風景であった。
午前十時、練習艦隊はいよいよ飛行島の繋留をといて出港ときまった。その用意のため、練習艦明石は、早朝から忙しかった。
当直将校は長谷部大尉だった。
「川上のやつはどうしたろう」
大尉は、前艦橋で飛行島の方を睨《にら》みつけながら、胸の中をぐっとついてくる憂鬱をおさえつけた。
一人の下士官が艦橋に上って来て、とことこと大尉の方に歩みよった。
長谷部大尉は、それと見るより、
「おう、御苦労。どうだった」
「はいっ。やはり駄目でありました。川上機関大尉は、今朝にいたるもまだ帰艦しておられません」
「うむ、そうか」
あとは黙って、大尉は飛行島の方へまた顔を向けなおした。
下士官は敬礼をすると、帰っていった。
(まだ帰って来ない)
大尉は口のなかでつぶやいた。
出港は、間近にせまっている。幼いときから、一しょに学び一しょに遊ん
前へ
次へ
全258ページ中25ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング