ない軍律だった。しかし長谷部大尉の肚のうちは、煮えかえるようだった。
 不安と不快との夜はすぎた。遠洋航海はじまっての大椿事だ。
 帝国海軍の威信に関することだから、全艦隊員は言葉をつつしめということなので、皆の胸中は一層苦しい。
 夜が明けた。
 早速捜索隊が派遣されるものと思いこんでいた長谷部大尉は、それにぜひとも参加をさせてくれるようにと、艦長のところへ願い出でた。
 艦長は、眉をぴくりと動かして、
「捜索隊は出さぬことになった」
「えっ、それはどうして――」
「司令官の命令である。帰艦するものなら、そのうちに帰ってくるだろう。捜索隊などを上へあげて、それがために脱艦士官があったなどと知れるのはまずいといわれるのだ」
「それはあまりに――」
 といったが、考えてみると司令官の言葉にも一理はある。といって、どうして捜索隊を出さずにいられるものか。川上機関大尉をめぐって、飛行島上には何か変ったことがあったのにちがいない。このままにおけば、午前十時すぎには、空しくここを出港してしまうのだ。そんなことになってはいけない。
 長谷部大尉は、艦橋につったったまま、眼を閉じてじっと考えこんだ。
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