いか。今夜はばかに遠慮しとるじゃないか。さあ、入れ。久しぶりで気焔をきかせて貰うかな」
 艦長は笑いながら、腰かけから悠然と立つと、机のところを離れて、室の隅にある籐椅子の方へ歩いていった。
「はあ、失礼します」
 長谷部大尉は思いきって、籐椅子の一つに腰をおろして、一升壜を卓子《テーブル》の上に置いた。
「ほほう、相変らず仲のよい友達を連れているね」
 艦長はにこりとされた。
「ははっ、――」大尉は坊主刈の頭へちょっと手をもっていって、
「失礼でありますが、一杯いかがでありますか」
「うむ、丁度いいところじゃ。では一杯もらおう」
「えっ、それはかたじけないことで――」
 と、長谷部大尉は、素早いモーションで、隠しから二つのコップをつかみ出すと、卓子の上に置いた。そして一升壜をとって、艦長のコップに、なみなみと黄金いろの液体を注いだのであった。
 一たいこの深夜、長谷部大尉はどうした気持で、艦長のところへ一升壜などを持ちこんだのであろうか。


   極秘


「私はさっき自分の部屋で、ちびりちびりやっていたのです」
 と長谷部大尉は、酌をしながらぼつぼつ語りだした。
「ところがふと、例の川上機関大尉の言葉を思いだしたというわけです」
「ふふん、――」
「あいつも、私に劣らず変り者でございますね。川上が失踪するその前夜、やはり一升壜をさげて私のところへやってまいりまして、酒をのみました。そのとき川上がいいますことに、このつぎ日本酒をのんだとき、今夜俺のいった言葉を思い出してくれ――というのです。そこで思い出しましたよ。その日彼が残していった言葉を――」
「ふむ、――」
「その言葉は、今日に至って思いあたりましたが、その日は一向気がつきませんでした。川上はこんなことをいいました。『貴様にもよくわかる無用の長物の飛行島を、なぜ千五百万ポンドの巨費をかけてつくるのだろうか。しかも飛行島を置くなら、なにもあんな南シナ海などに置かず、大西洋の真中とか、大洋州の間にとか、いくらでももっと役に立つところがあるではないか』――といったんです。艦長」
「うむ、なるほど」
 艦長は言葉もすくなく、しずかにコップを唇にもっていった。
 長谷部大尉の方は、これは血走った眼をして、実に真剣な色が見える。
「――そこで私は今夜、そういった川上の腹の中を読みとることが出来たのです。艦長、川上は、
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