白人も黒人も、顔の黄いろい東洋人も――。
 ららららら。ひゅーっ。
 飛行島の最上甲板には、飛行島建設団長のリット少将の見送る顔も見える。
 桁には、また新たに信号旗がするするとあがった。
「出港に際し、リット少将に対し、深甚なる敬意を表す」
 白髪紅顔のリット少将は、にっこりとしてまた挙手の礼を送った。
 飛行島の信号鉄塔の上にも、安全なる航海を祈るという旗があがった。
 飛行島に働いている連中は、仕事をやめて、盛んに手をふり、口笛をふく。
 前艦橋につったって、長谷部大尉は双眼鏡を眼にあてて、この盛大なる見送りの人々をじっと眺めていた。顔、顔! 数百数千の顔を一人も見落すまいと!
 鉄桁の間、起重機の上、各甲板、共楽街の屋根、アパートの窓――どこにも顔、また顔の鈴なりだ。
 その中から大尉は心に念ずるただ一つの顔をさがし出そうとして、一生懸命であった。大尉の念ずる顔とはいうまでもなく、川上機関大尉のあの凛々《りり》しい顔であった。
 長谷部大尉は、双眼鏡を眼にあてたまま、彫像のように動かない。その鏡中には、さだめし数えつくせないほどの顔が動いていることだろう。
「うむ、――」
 とつぜん長谷部大尉がうなった。双眼鏡をもつ大尉の手が、ぶるぶるとふるえた。彼はいそがしく、双眼鏡のピントをあわせた。――
 飛行島の第三甲板にある労働者アパートの、はしから三つ目の窓に、鈴なりの男女の肩越しに、頭に繃帯を巻いた東洋人の顔がこっちを見ていた。
 大尉の胸は、にわかに高鳴った。
 彼は穴のあくほど、その東洋人の顔をみつめた。そしてもっとはっきり見たいと思って、ピントを合わせなおしたが、そのとたんに、窓から消えさった。
 それからは、いくど双眼鏡を向けてみても、もうふたたびその顔は入ってこなかったのである。
「ああ――」
 と長谷部大尉は双眼鏡をおろして、嘆息した。
(あの頭に繃帯して、こっちを覗いていた男は、川上の顔のように思ったが、気の迷いだったろうか)
 まさか川上機関大尉が、あのような労働者アパートの男女の中にまじっているとは、ちょっと考えられない。
「――どうも分からない」
 大尉は吐きだすように独言をいった。


   脱艦兵


 軍艦明石は、ぐんぐん船あしを早めてゆく。
 南方に遠ざかる飛行島を、長谷部大尉は胸もはりさける思いで、じっと見送った。
 川上機関大尉
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