の失踪事件は、こうして、未解決のまま、よくない帳簿の上に永く記録せられることになったのだ。
 飛行島の影は、謎を包んだまま、ずんずん小さくなってゆく。もうなんとも手の出しようがない。
 そのときであった。
「当直将校!」
 大きな水兵がばたばたと駈けてきて、さっと挙手の礼をした。大辻二等水兵だった。彼の顔には、ただならぬ緊張の色が浮かんでいる。
「おう、なにか」
「杉田二等水兵の姿が見えません。私はしゃべりたくないのでありますが、当直将校にはおとどけしておきます」
「なんだ、そのいい方は――」と大尉はたしなめて、
「杉田がいないのか。杉田といえば川上の世話をしていた水兵だろう」
「はっ、そうであります」
「そうか、杉田が姿を消したか」
 大尉はさてはと思ったが、顔色には出さず、
「すぐ行くから、お前は先へ分隊へ行っておれ」
「ははっ、先へ参ります。しかし……」
 大辻は体をかたくして、
「当直将校。私がしゃべったことは、ないしょにねがいたいのであります」
「なぜか」
「ははっ、私はいま、村の鎮守さまに願をかけまして、向こう一年間絶対にしゃべらんと誓ったところであります。でありますから、私がしゃべったということは、お忘れねがいたいのであります」
「変なことをいいだしたね。それほどにいうのなら、お前のいうとおりにしよう。さあ、早く先へ行っておれ」
「あ、ありがたいであります」
 大辻は、やれやれと胸をなでおろしながら、昇降口の方へ駈けていった。
 長谷部大尉は副長に、この新たな事件を伝えると、すぐその足で、杉田二等水兵の分隊へ行った。
 そこでは分隊長以下が集って、憂わしげな面持で、一枚の紙切を読んでいるところだった。
「杉田二等水兵が姿を消したそうだな」
 と長谷部大尉は、分隊長に声をかけた。
「おお当直将校。そういう妙な噂が立ったので、いま杉田の衣嚢《いのう》をとりよせて調べてみると、ほら、こういう遺書がでてきました」
「えっ、遺書? どれ、――」
 と長谷部大尉が手にとってみると、なるほど用箋一枚に、何か、かんたんに書きつけてある。
 それを読むと、
「杉田ハ決心シマシタ。飛行島ニ川上機関大尉ノ行方ヲタシカメルタメ脱艦ヲイタシマス。再ビ生キテ皆サマニオ目ニカカレナイコトト覚悟ヲシテイマス。シカシ御安心下サイ。杉田ハ決シテ卑怯ナフルマイヲ致シマセン。郷里ノ方ヘハ、海
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