、どうかしたのかな」と、帆村は、首をひねった。
(が、そんなことはどうでもいい。あのわずかな隙を狙って、うまくトラ十をたたきのめしたのだ。そして、自分の命をとりとめ、それから、貴重なX塗料を)
帆村はそこで、目を船内に転じて、きょろきょろとあたりを見まわした。
船内には、X塗料を巻いてあった布や紙が、ちらばっていた。帆村は、その間を探しまわった。
「おや、どこへいったろう。X塗料の棒が見あたらないぞ」
と叫んだが、ふと彼は、海中へ視線を走らせると、はっと気がついて、一瞬時に、顔面が蒼白《そうはく》となった。
「し、しまった。トラ十め、あれを手にもったまま、海中へ落ちた!」
さあ、いよいよ一大事だ!
無念《むねん》の報告
「そいつは、遺憾至極《いかんしごく》だなあ」
黄島《きじま》長官は、ほんとうに、遺憾にたえないといった語調で、とんと、卓子《テーブル》のうえを拳でたたいた。
ここは、検察庁の一室であった。
長官の前に、重くしずんだ面持で立っているのは、別人にあらず、帆村荘六その人であった。
帆村は、ついに一命をまっとうして、今日、東京についたばかりであった。彼
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