あがった船客たちは、このとき、ようやく人心地《ひとごこち》に戻った。
「おや、爆撃は一発でおしまいで、もう怪飛行機はにげていったか」
「ちがうよ。爆弾なんか落しやしない。あの飛行機は、ただこの船の上を飛んで、われわれをおどかしていっただけだ」
 房枝も、そのころ、ようやくわれにかえったのだった。ふと気がついて、あたりを見廻すと例の謎の青年曾呂利本馬が、テーブルに頬杖《ほほづえ》ついて、こわいような顔で、なにか考えこんでいる様子であった。
 房枝は、こえをかけた。
「曾呂利さん。なにを考えこんでいるの」
 曾呂利は、はっとしたようすで、顔をあげた。かれの目は、きらりとするどく光っていた。だが、その目が房枝の目にぶつかったとたんに、ちょっとあわてる色が見えた。
(この人、ゆだんのならない人だわ)
 と、房枝は、曾呂利青年に、きついうたがいをかけないわけにはいかなかった。
「ああ、房枝さん。僕たちはとんでもない怪事件の中に、まきこまれてしまいましたよ」
 曾呂利本馬は、小声《こごえ》で、ささやくようにいった。
「とんでもない怪事件ですって、やっぱり、トラ十は殺され、美しい花籠は盗まれてしまっ
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