りましたのに、昨日、ちょうどこの曲馬団の前を通りかかりまして、房枝さんのお姿をちらりと見たものでございますから、そのときは、とび立つように、うれしくておなつかしくて」
と、道子夫人は、そっとハンケチを目にあてた。
楽屋のかげから、これをすき見している団員たちは、だまっていなかった。
「おいおい、第一場は、いきなりお涙ちょうだいとおいでなすったね」
「だまっていろ。お二人さま、どっちもしんけんだ。こうやってみていると、あれは、まるで親子がめぐり会った場面みたいだな」
「ほう、そういえば、房枝とあの奥様とは、どこか似ているじゃないか。似ているどころじゃない、そっくり瓜《うり》二つだよ」
「まさかね。お前のいうことは、大げさでいけないよ」
二人の話は、なかなかつきなかった。
房枝は、道子夫人に、あずかっていた草履《ぞうり》の片っ方をかえした。夫人は、たいへん恐縮《きょうしゅく》していたが、結局よろこんで、それをもらいうけた。そしてその代りにと、夫人は風呂敷のなかから、寄せぎれ細工の手箱をとりだし、
(これは手製ですが、房枝さんの身のまわりのものでもいれてください)
という意味のこと
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