知らぬめぐりあい
房枝が目を閉じている間に、三輪車は、どさりと大きな音をたてると、房枝の横を通りぬけた。
「あらッ」
房枝が、はっと思って、ふたたび目を開いてみると、さあ、たいへんなことになっていた。彼女が、心配したとおり、通りがかった例の上品な中年の婦人は、黒い紋附《もんつき》を、左の肩から裾《すそ》へかけて、見るも無残《むざん》に、泥水を一ぱいひっかけられているではないか。
「まあ、足袋《たび》はだしに、おなりになって」
婦人は、三輪車をさけるとたんに、草履《ぞうり》の鼻緒《はなお》がぷつんと切れてしまい、そして、草履はぬげて、はだしになってしまったのだ。白足袋は、泥水にそまって、もうまっ黒だ。
房枝は、かけよると、今にもたおれそうな婦人のからだを両手でささえた。
「奥さま。しっかりなさいまし。おけがはありません?」
「まあ、あたくし」
と、婦人は、おどろきのあまり、ことばも出ない。
「ずいぶん、ひどい運転手でございますわねえ。あら、あのひと、あいさつもしないで、向こうに逃げてしまいましたわ」
房枝が、後をふりかえったときには、三輪車は、もう向こうの辻をまがったの
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