このようにいじわるなものである。
 黒川は、どこまでいったのか、なかなか房枝のところへは帰ってこなかった。
「どうしたんでしょうね、新団長は」
 房枝が、すこし不安になって、あたりを、きょろきょろ見まわしていると、そのとき、向こうの方から、一台の三輪車が、いきおいよく、こっちへ向けてはしってきた。
 房枝はさっきの自動車にこりて、こんどは道の真中《まんなか》の水たまりよりも、はるかに後に、はなれていた。そして、ふと、さっきの水たまりのところに目をやった房枝は、はっと息をのんだ。
「ああ、たいへんだわ、あの方」
 ちょうど、その水たまりのそばを、小さな風呂敷包をもった上品な中年の婦人が、なんにも知らないで、こっちへ向いて通りかかっているのだった。
「ああ、あぶない、たいへんですから、わきへおよりなさーい」
 そのままいれば、婦人の晴着《はれぎ》は、三輪車のため、ざぶり泥水をかけられ、めちゃくちゃになってしまう。房枝は、自分の身を忘れ、大ごえをあげて、危険せまる婦人の方へかけていった。
 だが、ざんねんながら、もうそれは間にあわなかった。
「ああッ!」と、房枝は、両手で目をおおった。

 
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