ラ十は、どなりかえしたが、そのとき、おやという表情で、目をみはった。ソースのびんは見えないが、彼の目の前には、うつくしい大きな花籠《はなかご》があった。何というか、色とりどりの花を、一ぱいもりあげてある。どう見ても、三等食堂には、もったいないくらいの、りっぱな花籠だった。
「ほら、ソースのびんは、その花籠のかげに、あるじゃないか」
「なるほど」
と、トラ十は、うめくようにいって、ソースのびんをとったが、彼の目は、なぜか、このりっぱな花籠のうえに、ピンづけになっていた。
警報《けいほう》
この雷洋丸の無電室は、船長以下の幹部がつめかけている船橋《せんきょう》よりも、一段上の高いところにあった。
それは、ちょうど午後七時五十分であったが、この無電室の当直《とうちょく》中の並河技士《なみかわぎし》は、おどろくべき内容をもった無電が、アンテナに引っかかったのを知って、船橋に通ずる警鈴《けいれい》を押した。
すると、間もなく、扉《ドア》があいて、一等運転士が、自身で電文をうけとりにとびこんできた。
「警報がはいったって、その電文はどれだ」
無電技士は、だまって、机の上の受信紙《じゅしんし》一枚とって、一等運転士に手渡した。
一等運転士は、紙上に走り書きされた電文を、口の中でよみくだいたが、とたんに、さっと顔色がかわった。
「おう、防空無電局からの警報だ。なんだって。国籍不明の爆撃機一機が一直線に北進中。その針路は、午後八時において、雷洋丸の針路と合う。雷洋丸は直ちに警戒せよ」
「ほう、これはたいへんだ」
一等運転士は、青くなって無電室をとび出した。もう怪飛行機は、こりごりである。メキシコを出港してからこっち、どういうわけか、この雷洋丸は三回も、怪飛行機のため夜間追跡をうけている。こんどで四度目だ。先月他の汽船が、やはり追いかけられ、一発の強力爆弾で沈められたことがある。それ以来、怪飛行機の追跡には、おそれをなしているのだ。防空無電局は「国籍不明の爆撃機」といって来ている。気味のわるいこと、おびただしい。なにしろこっちは非武装の汽船だから、どうしようもない。
「船長《せんちょう》、また怪飛行機です!」
一等運転士は船橋へかけあがる[#「かけあがる」はママ]と、大声でさけんだ。
「えっ!」
と、船橋にいあわせた幹部船員は、おどろいて、一等運転士の方を、ふりむいた。
「すぐ灯火管制《とうかかんせい》にうつらねばなりませんが、こうだしぬけの警報では、ちょっと時間がかかりますが、いかが?」
「ただちに、電源の主幹《しゅかん》を切って、消灯《しょうとう》だ!」
船長は電文を見終って、はっきり命令を出した。
「えっ、主幹を切りますか」
「早くやれ!」船長のはらは、すわっていた。
これから消灯または遮光《しゃこう》の命令を出して、おおぜいの手で、船内の方々をくらくさせていたのでは、おそくなる。ことに、海を航行している汽船は、空中から、すこぶる見えやすい。船長の考えとしては、船の安全のために一秒でも早く灯火管制をやりとげるためには、こうするのがいいと思ったのである。
命令は、ただちに、発電室に伝えられた。
「電灯用主幹、全部開放!」
あっという一瞬間に、船内の電灯は、全部消えてしまった。どこもかしこも、たちまち、まっくらやみだ。
ただ機関室などの大事なところは、夜光塗料が、かすかに青白く光って、機械の運転に、やっとさしつかえのないようには、なっていた。
食事半ばの、三等食堂などは、文字どおり、暗黒の中にしずんでしまった.
「あっ、どうした。電灯をつけろ」
「停電で、飯がたべられるか」
「電灯料の支払いが、たまっているのだろう。ざまをみやがれ」
やひ[#「やひ」に傍点]なまぜっかえしに、一座は、たちまちどっと笑いくずれた。皿をたたく者がある。ソースのびんをひっくりかえした者がある。だれやらマッチをすったものがあるが、とたんに、ふき消されてしまった。
「ただ今、怪しい飛行機が近づきました。明りを消してください。マッチをすってはいけません」
室内の高声器《こうせいき》から、とつぜん警戒警報が伝えられた。
「それみろ! もう、マッチをすっちゃ、いけねえぞ」だれかがさけんだ。
そのうちに、丸窓が、がたんと閉まる音がきこえた。
「もういいか」
「一番、二番もよろしい」
「五番、六番もよろしい」船員たちは、おちついて、暗闇《くらやみ》の中に、こえをなげあっている。
「ようし。それで全部、窓は閉まった。予備灯点火《よびとうてんか》!」
「おうい」釦《ボタン》が、おされたのであろう。五つばかりの、小さい電球に明りがついた。
人々は、はっと、よろこびのこえをあげて、一せいに、明りの方に、ふりむいた。
そのとき、房枝も、明りを
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