、彼らは、そんなおそろしい陰謀を抱くようになったのだろう。これは結局、気が変な者どもの作った宗教だ。その宗教においては、神のかわりに、悪魔に祈るのだ。世の中から光明をうばい去り、暗黒と混乱と苦悩とを人類生活の上へよぶのだ。そして、一人でも多くの人類が苦しみ、なげき悲しみ、そして死んで行けば、それが彼らのいただく悪魔神《あくましん》を、よろこばせることになるのだと思っている。
とても、ふつうの心では考えられない。なにしろ気が変な者どもの集りだから、こんなとんでもない陰謀をつくりあげるのだ。
彼らは、不正なことで、巨額の富を集めた。今また集めている最中である。そしてこんど極東方面の平和を破壊するその手始めとして、日本における生産設備を大破壊することが、最高会議で決められた。そして本部の大司令は、ターネフを極東首領に任命し、こんど日本へ特派することになったのだ。
極東首領ターネフ。彼はこの二十年間に、骸骨化クラブの会員として、主脳部たちからたいへん信任を得たが、彼がこれまで活動していたのはメキシコ国内であって、もう十四年になる。こんどの指令によって、彼はここにメキシコ生活をうち切り、姪だと称するニーナ嬢をつれて、日本へ渡ることになったのだ。
ここまでいえば、誰にも分るだろうが、彼ターネフ首領こそ、派遣される国では、まことにゆだんのならない人物なのである。同伴のニーナ嬢についても、また語るべき別の話があるが、とにかく美しき彼女も、ただ者ではない。それは、ことさらここにことわるまでもあるまい。
あぶない、あぶない。このようなおそるべき人物が、虫一つ殺さぬ顔をして、ぞくぞくと日本へのりこんでくるのであった。彼らはこれから一体、なにを始めようとするのであろうか。まことに気味のわるい話である。
雷洋丸の遭難によって、船内におこったかずかずの怪事件は、疑問をのこして、一時あずかりとなった。
房枝は、幸いにボートにのりこむことができた。そして救助にのりつけた汽船のうえにうつされ、ぶじ横浜に上陸することができた。
ターネフとニーナは、いつの間にか、自国の汽船にすくいあげられ、これもぶじに、横浜上陸となった。
帆村探偵は、どうしたであろうか。彼は、最後まで、船にふみとどまっていたため、雷洋丸が、艫《とも》を真上にして沈没したのちは、海中へなげだされ、暗い海を、板切《いたきれ》にすがって漂流をはじめた。
漂流《ひょうりゅう》
帆村は、しっかと、板切につかまって、波のまにまに、どこまでも、漂流していった。
海上はたいへん、なぎわたって、波浪《はろう》も高からず、わりあいしのぎよかったのは、帆村にまだ運のあったせいであろう。
彼は、命よりも大事な例の箱を、しっかり背中に、ななめに背おっていた。
海は、いつまでも暗かった。まるで、時刻が、この海ばかりを、忘れ去ったかのように思われた。
帆村は、だんだん疲《つかれ》を感じてきた。そしてついには、うとうとと眠気《ねむけ》をもよおしてきた。
(これは、たいへん、うっかり眠ろうものなら、お陀仏《だぶつ》になってしまうぞ!)
と思ったので、彼は、船にいるとき、とくべつに、服のうえから腹にまきつけてきた帯をとき、命とすがる板切のわれ目に帯をとおして、しっかりと結び、他の端を、われとわが左手首にしばりつけ、ざぶりと波に洗われることがあっても、からだと板切とは、決して放れないように、用意をしたのであった。
この用意があったおかげで、彼は、いくたびか、眠りこけて、ざぶりと海中に、からだをしずませることはあったが、そのたびに、はッと気がつき、帯をたよりに、命の板切のうえにとりつくことができた。
長い夜が、ようやく暁《あかつき》の微光《びこう》に白みそめた。風が出はじめて、海上に霧はうごき、波はようやく高い。今夜あたり、一あれ来そうな模様である。帆村探偵には、あらたな心配のたねができた。
夜が明けてみると、昨夜中、命をあずけてとりついていた板切というのが、船具《ふなぐ》の上にかぶせておく屋根だったことがわかった。
帆村は、時間とともに、だんだんとおくまでのびていく視界のひろがりに元気づきながら、どこかに行きすがりの船影《せんえい》でもないかと、やすみなく首を左右前後にまわした。
すると、目についたものがある。一|艘《そう》の小さい和船《わせん》であった。誰か、そのうえに乗っているのが、わかってきたので、帆村は、ただよう板切、船具おおいのうえによじのぼり、手を口のところへ、メガホンのようにあてがって、おーいおーいとよんだ。
そのこえが、相手に、きこえたのであろう。やがて、朝霧の中から、ぽんぽんという発動機の音がして、その和船が帆村の方へやってきた。
「おーい、こっちだ。その船に、の
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