い。どうだ。これでも知らないと白《しら》ばっくれるか」
「おどろいたでたらめをいう人だ」
「とにかくお気の毒さまだ。こっちはそれとかんづいたから、おれが死んだと見せるために、かねて用意の血のはいった袋の口をあけて、おれの席のまわりを血だらけにしてやった。それからおれはすぐ花籠をつかんで甲板に出て、それを海の中へ捨てたとたんに、どかンと爆発よ。おれは無事だったが、かわいそうにおれのあとを追ってきた松ヶ谷団長と船員がひとり、ひどい傷をうけたよ。お前たちはおどろいて、暗闇《くらやみ》の中で松ヶ谷団長を更になぐりつけ、死にそうになったやつを石炭庫へかくした」
 師父ターネフは、ほんとうにおどろいたか、もう口がきけなかった。
「あははは、ターネフ首領。この汽船は、もうあと四、五分で沈みますよ。取引は、早い方がいい。信号をさせてもいいが、あなたがポケットに持っている重要書類を、そっくりこっちへ渡してもらいましょう」
「なに、重要書類。そ、そんなものを持っておらん」
「おい、ターネフ首領。お前さんは、ものわかりのわるい人だねえ」
 と、トラ十は、はきだすようにいって、
「あの重要書類のことを、おれが、知らないと思うのかね。お前さんは、なにをするために、師父などに化けて、日本へのりこむのかね。そのわけを、ちゃんと書いてある重要書類袋を、こっちへ早く渡しなせえ。青い封筒に入って、世界|骸骨化本部《がいこつかほんぶ》の大司令のシールがぽんとおしてあるやつさ」
「……?」
 師父は、おどろいたのか、だまっている。
「おい、ターネフ首領。どうするつもりだい。汽船は、どんどん沈んでいくぜ。もうすこしすれば、第二の爆発が起って、この汽船は、まっ二つに割れて、真暗《まっくら》な海にのまれてしまうのさ。信号をしたくはないのかね。『計画ハ、クイチガッタ、我等ハココニアリ、至急スクイ出シ、タノム』と、信号したくはないのかね。ほら、下をごらん、甲板をもう波が、あんなに白く、洗っているよ」
 トラ十の、毒々しいことばがきいたのか、師父は、このとき、急にすなおな口調《くちょう》になって、
「しかたがない。われわれの命にかえられないから、青い封筒入の重要書類を君に渡そう。だから、この手をはなしてくれ」
「おっと、おっと。その手には乗るものか。もう一方の手で、青い封筒を出せよ」
「そんなことをすれば、縄梯子から、おちる」
「大丈夫だ。お前さんの右手は、こうしておれがしっかり持っているから、大丈夫さ」
 師父は、今はもうやむを得ないと思ったものか、左手をつかって、上着のポケットの中から、青い封筒をとりだした。トラ十は、上からそれをひったくった。
「これでよし。さあ、手をはなしてやる」
「いったい、君は何者だ。名前をきかせてくれ」
「おれのことなら、これまで君がやって来た、かずかずの残虐行為《ざんぎゃくこうい》について、静かに胸に手をあてて思出したら、分るよ。それで分らなきゃ、世界骸骨化本部へ、問いあわせたがいいだろう。お前たちの仕事のじゃまをするこんな面《つら》がまえの東洋人といえば、多分わかるだろうよ」
 そういったかと思うと、トラ十のからだは、猿のように縄梯子の裏にとびついて、するすると下におりていってしまった。

   怪人物《かいじんぶつ》

 沈みかかった雷洋丸のマストの上におけるこの怪しい会見のことは、二人以外だれも知る者がなかった。
 雷洋丸は、それからのち、トラ十の予言したとおり、第二の爆発がおこり、正しくいって、七分の後に、暗い海の下にのまれてしまった。
 救難信号をうったが、あまりにも早い沈没のため、あいにくどの船も、間にあわなかった。かくて、船客や船員の約半数は、海の中にほうりだされた。
 帆村探偵はどうしたであろうか。房枝はどこにいるか。
 また、師父ターネフやニーナ嬢は、いったいどうしたであろうか。
 師父ターネフといえば、この人は、トラ十のため、ついに仮面を叩きおとされたようである。トラ十は、師父のことを、ターネフ極東首領とよんだ。
 ターネフ極東首領!
 ターネフ首領とは、ほんとうに、そういう位にある人物であろうか。そしてそれはどんなことをする役目の人物であろうか。
 ターネフが何国人であるか、それは分っていない。分っているのは今から二十年ほど前に、ターネフの名が、秘密結社「世界骸骨化クラブ」の会員として記録されたことである。
 世界骸骨化クラブとは、いったい何であろうか。
 これはおそろしい陰謀を抱く者の集りだ。この光明にみちたわれら世界人類の生活を、ことごとく破壊し去って、みじめな苦しい地獄の世界へ追いやり、人類に希望を失わせ、そして人類の最後の一人を骸骨にするまでは、この破壊行動をやめないという実におそろしい悪魔どもの集りなんだ。
 なぜ
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