と、中からマイクがころがりだした。マイクについていた二本の電線は、きれいに切られていた。それは、帆村のナイフで切られたあとだった。
「ふーん、怪《け》しからん。いったい、だれが、こんなぬすみ聞きの仕掛を、ここへ取りつけたか。さっそくきびしく、とり調べなくちゃ」
船長は、顔色をかえた。帆村は、これをなだめて、
「船長。そんなことを、今さら調べていては、もうおそいのです。きっき私の申した手配を、すぐされるように」
「うむ、手配はやりましょう。が、おそるべき人物というのはだれですか。早くそれをいってください。すぐ取りおさえますから」
船長は、せきこんだ。帆村は、
「はたして、それが怪人物であるかどうか、まだ私には、はっきりしませんが、とにかくこの船の特別一等の船客で、ニーナ嬢という美しい婦人は、十分に怪しい節《ふし》があります」
「ニーナ嬢? ああ、ニーナ嬢ですか。こいつは意外だ。あれは、メキシコの実業界の巨頭の令嬢です。そしてニーナ嬢自身は、慈善団体の会長という身分になっている」
「慈善団体であろうが、なんであろうが、とにかく、嬢については怪しむべき節が、いろいろある。さっき、私をピストルでうったのは、ニーナ嬢なんですからねえ」
「え、ニーナ嬢が、あなたや、私たちをうったのですか。これはまた、意外中の意外だ」
「ニーナ嬢は、ある事からして、私を生かしておけないと思ったのでしょう。もうあれ以上、私は曾呂利本馬の姿をしていることは危険なので、こうして、服装を改めたのです」
帆村の話は、すじが立っていた。船長もようやく帆村の言葉に、すがりつく気持ちができた。
「よろしい。直ちにニーナ嬢に監視員をつけましょう」
船長の言葉は、どうも生ぬるい感じがあった。でも、船長としては、それが大決心であったのだ。彼は誰を呼び出すつもりか、自ら電話機の方へよって手をのばした。とその時、とつぜん船長も帆村も、そこに居合わせた一同、はげしい振動におそわれた。今まで、静かな航海をつづけていた雷洋丸に、帆村の心配していた大事件が突発したのだ。
警笛が、ぶーッと鳴りだした。
宿直の二等運転士のところへ電話がかかって来た。彼は、おどろいて、電話機をにぎったまま椅子から立ち上った。
「えッ、第一|船艙《せんそう》が爆破した? ほんとか、それは。大穴があいて海水が浸入! 防水|扉《ドア》がしまらないって? 機関部へ水が流れ込んでいる。エンジンはどうした。機関部も故障だというのか。船長? 船長は、ここにいられるが」
雷洋丸の第一船艙におこった爆発事件! そして、運わるく防水|扉《ドア》はしまらないで、浸入した海水は、洪水のように機関部へ流れこんでいくという。
船長が、電話をかわった。
「おい、どうした。そこは機関部か。なに、機関長だと、それで、どうした。極力手をつくしているが、非常に危険だというのか。よろしい、分かった。すぐ避難命令を出す。そっちは一つ死力をつくして、がんばってくれ!」
電話機を下においた船長の顔は、まったく、一変していた。眉の間には、つよい決意の色があらわれていた。
「総員、甲板へ。それから、無電で、救難信号を出すんだ。早く」
船長は、てきぱきと、次から次へ命令を出した。
しばらくして、船長は、帆村探偵のことを思い出して、彼の名を呼んだ。
しかし帆村探偵の姿は、もうそこにはなかった。彼は風のように、いつともしれずこの部屋を出ていったのであった。
雷洋丸の船腹の損傷は、意外に大きく船は見る見る左へ傾いた。機関部もやられてしまって、船内の電灯は一時消えた。甲板には、救命艇の位置へいそぐ船客たちが、互いにぶつかり転り踏みつけあい、くらがりの中に、がやがや立ちさわいでいるばかりだ。
沈没までに、あと二十分とは、もたない。
房枝は、どこにいる。ニーナ嬢は、なにをしている。帆村探偵は、どこへいったのであるか?
このさわぎの中に、くらがりのマストのうえで、獣《けもの》のように、からからと声をたてて笑いつづける者があった。誰も、さわぎの最中のこととて、この怪人物に気づく者はなかったが、この人物は、意外も意外、それは死んだとばかり思っていたトラ十であったではないか。
沈没《ちんぼつ》迫《せま》る
ああ。なんという不運な雷洋丸よ!
もうあと一日たてば、母国の横浜港にはいれるところまで、もどってきたのだ。ところが、とつぜん、この大遭難である。これを不運といわないで、どうしようぞ。
なぜ、第一船艙が、とつぜん爆発したのであろうか?
そんなことを、いま、しらべているひまはない。なぜといって、いま雷洋丸はぐんぐんと左舷《さげん》へかたむいていく。
船客たちは、てんでに、なにかしら、わめきつづけている。なにしろ、船内の電灯は、はやく
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