はピストルでうたれようとした。あなたを狙っている者が、船中にいるのではありませんか。どうかえんりょをなさらぬように」
「えんりょではありません。わたし自身のことよりも、私は本船の運命を心配しているのです。さっきもいいましたが、はやく附近航行の他の汽船に応援を求められたがいいですぞ。そして直ちに、船内大捜査をはじめるのです。しかし間に合うかどうかわかりません。船長さん、本船は明日、ぶじ横浜入港ができるかどうか、私は疑問に思うのです」
「そ、そんなばかなことがあってたまるものですか」
と、船長は、他の船員の手前もあって、帆村の予言をつよくうち消した。
「しかし、帆村さん。そのほか、本船についてあやしい節《ふし》があったらぜひおしえてください」
帆村は、船長の顔を、しばらく、じっと見ていたが、やがて決心の色をあらわし、
「そうおっしゃるなら、申しましょう。まずことわっておきますが、私は、本船にこんな事件が起きようとは、ぜんぜん知らなかったのです。もしはじめから知っていれば、私はこんな危険な船に乗りこみはしなかったのです」
と、帆村は彼が海外で重大任務をはたして今かえり道にあることをほのめかし、
「船長。この船には、ねらわれている者と、ねらっている者とが乗りこんでいるにちがいありませんよ」
「えっ、なんと」
「船長を、おどかすつもりはありませんが、たしかにそうです。しかも、どっちがねらわれているのか、ねらっているのか分かりませんが、とにかくそのどっちかがおそろしいこと世界一といってもいい者だと思います」
「そんなことが、どうして分かります」
「あの爆発事件のとき、どんな爆薬が使われたかを、私は調べてみましたが、それはどうやらメキシコで発明された極秘《ごくひ》のBB火薬らしいのです。この火薬の秘密が、何者かの手によって外へ洩れて大問題になっているのです」
「ほう、BB火薬? どうしてそれと分かったのですか」
「いや、そういうことを調べるのは、私の仕事なんですからねえ」と帆村はいって、
「ミマツ曲馬団のトラ十の行方が知れるか、それとも松ヶ谷団長が正気にかえるかすれば、かなり事件の内容は明らかになり、誰が、そのおそるべき怪物であるかはっきりしましょう。また船員赤石も、何か参考になることを知っているでしょう」
「すると、このおそるべき怪物というのは、この船に今もちゃんとのっているわけですね」
「たぶん、そうでしょうね」
「え、たぶんですか。それはいったいどんな人間でしょう。外国人ですかねえ」
「さあ、外国人だろうと思うが日本人だか分かりませんが、とにかくここに一つ、はっきり名前を申し上げていい容疑者がある!」
「それが分かっているのですか。早くおしえてください」
「お待ちなさい」
帆村は、とつぜん席を立って、船橋の入口の扉を、注意ぶかく明けて外を見た。誰か外から、こっちをうかがっている者はいないかと思ったのであるが、外には、張番《はりばん》の水夫が二人、とつぜん現れた帆村の方を、びっくりしてふりかえったばかりだった。
では、大丈夫?
帆村は、元の席に戻って、口を開こうとしたが、ふと壁の方に目をうつすと、
「おや! あんなところに、一輪ざしの花が」
と、一声さけんで、バネ仕掛《じかけ》の人形のようにとびあがった。平生おちつきはらっている帆村としては、めずらしい狼狽《ろうばい》ぶりだ!
予言的中《よげんてきちゅう》
一輪ざしには、まっ赤なカーネーションと、それに添えてアスパラガスの青いこまかな葉がさしこんであった。それは、精密な器械類のならぶこの船橋内の息づまるような気分を、たぶんにやわらげているのだった。
帆村は、このやさしい一輪挿《いちりんざし》の花に、目をつけたのだった。
船長をはじめ、一同も、帆村が顔色をかえて立ち上ったので、それにつられて、腰をうかしたが、
「し、静かに!」
と、帆村は、一同を手で制した。そのとき、帆村の手には、どこにかくし持っていたのか、一|挺《ちょう》の丈夫な柄《え》のついたナイフがにぎられていた。
帆村は、しのび足で、花活《はないけ》のところに近づくと、目を皿のようにして、花活のまわりをしらべていたが、やがて、大きくうなずくと、ナイフをもちなおし、ぷつりと、花活のうしろに刃をあてて引いた。
「これでいい」
帆村探偵は、花活のうしろから、切断された二本の針金をつまみだした。
「船長。ゆだんがならぬといったのは、このことです。もうちょっとで私たちの話を、すっかり盗みぎきされるところでした」
「ええっ。それは、盗み聞きの仕掛だというのですか」
「そうです。ここへ来て、よくごらんなさい。花活の中には、マイクが入っています。ほら、このとおりです」
と、帆村が、花をぬいて、花活を逆さにする
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