も、帆村荘六にきくことにしよう。帆村から、すこしぐらい、うるさがられてもいいであろう。名探偵かは知らないが、今まで半年あまりも、彼とは同じ団員として、同じ釜《かま》の飯《めし》をたべているという形だったんだから。
(ああそうだ。そのうち折をみて、帆村さんに、あたしの両親の行方とその安否《あんぴ》をしらべてもらおうかしら。ああ、それがいい。あたしは、いい人とお友だちになったものだ!)
房枝は、急に前途《ぜんと》に、明るい光明がかがやきだしたように思った。行方しれない両親のことについては、ぜひ帆村の力をかりにいきたいと、房枝はこのときに決心したのであったが、まさか、そのときには、そののち帆村探偵に、どんなにたいへんなやっかいをかけることになるかは、想像してもいなかった。なにしろ、そのときは、彼女が、これから上陸してからのち、どんな怪事件にまきこまれるかについて、すこしも知らなかったわけだから、知らないのもむりではない。
そのとき、一等運転士の知らせで、船長がとぶようにやってきた。この船について、最高の責任のある船長は、航海中は、特に船橋のことを注意していた。そこは、この船の脳髄《のうずい》のようなところであるから、大切なのである。船長は、なにか変ったことの起るたびに、なるべく早く船橋に来て見ることにしていたのである。
「おう、帆村さん、といわれましたな。いろいろ気をつかわせてすみませんねえ。とにかく、改《あらた》めてお話をうかがいたいから、どうぞ船橋へ。こんどは、十分警戒は厳重にしますから、もうピストルでうたれるような心配はありません」
船長は、あらたまった口調で、帆村探偵にあいさつしたのであった。
帆村は、船長の申出を承諾した。
「はい、どこへでもまいります。さっきも御注意しましたとおり、早く手配をしないと、もう間に合いませんぞ」
おちつきのある中にも、帆村探偵は、雷洋丸に危機の近づいていることを、言葉を強めて重ねて船長に注意するのであった。
一輪《いちりん》ざし
房枝の目が、自分のあとをじっと追っているのを、知っていた帆村だったが、今は、房枝と語っているときではなかったので、彼は、船長の案内にしたがって、船橋へのぼっていった。
夜の航海ほど、気味のわるいものはない。くらやみの海面から、いつ、どのような無灯の船がぬっと現れ、行手《ゆくて》を横断しないとはかぎらないのであった。宿直員は全身の神経をひきしめて、たえず行手を警戒しているのだった。
「船長」と、当直の二等運転士が、よんだ。
「おい、なんだ」
「今、無電室から、報告がありました。今夜はどういうものか、ひっきりなしに、本船へ無電がかかってくるそうです。非番のものまでたたき起して、送受信にとてもいそがしいと、並河技師からいって来ました」
「うーん、そうか。横浜入港が明日だから、それで無電連絡がいそがしいのだろう」
「いえ、いつものいそがしさではないのです。ひっきりなしに、本船を呼びだし、あまり重要でもなさそうな長文の無線電信をうってくるのだそうです。たしかにへんです」
「そうか。でも、無電で呼びだされりゃそれを、受信しないわけにもいかないじゃないか。万国郵便条約に反するようなことは、できないからな」
と、船長はいって、そばに待っている帆村探偵をふりかえり、椅子をすすめたのであった。
帆村は、さっきから、当直の報告に、じっと耳をかたむけていたが、このとき、大きくうなずくと、
「船長。そういう意味のない長文の無電は、切った方がよろしいですよ」
「おやおや、あなたも、そういう意見ですか。しかし万国郵便条約」
「お待ちなさい。本船はみえざる敵に狙われているのですよ。へんな長文の無電をうってくるのは、そのみえざる敵が、今夜のうちに、本船をどうかしようと思って、本船に働きかけている証拠なのだと思います。条約違反の罰金をはらってもいい、はやく無電連絡を切るのがいいです」
「ほう、なかなか過激な説ですなあ」
と船長は、苦笑をした。しかし帆村のすすめたように、無電連絡を切れとは命じなかった。船長は、まさか後にのべるような大惨事が起ろうとは思っていなかったので、このときは、万国郵便条約を尊重することばかり忠実であって、帆村のことばには、耳をかたむけなかったのである。
「さあ、話を本筋にもどしましょう。帆村さん、あなたが身分をかくして本船にのりこまれたのは、どういうわけですか。なにもかもいっていただきましょう。われわれも、それにたいして十分の援助をいたします」
と、船長は、切り出した。
「ああ、船長さん。私のことなんか、二の次にしてください。わたくしとしては、べつに、あなたがたから救《すくい》をもとめるつもりはありません」
帆村は、きっぱりいった。
「でも、あなた
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