そうすると、会って、こっちが聞きたいことを聞くわけには、いかんですかな」
「まあちょっと待ってください。もう三十分ぐらいは」
「そんなに、容体《ようたい》があぶないのかね」
「何ともわからんですよ、それは。すこし、ここに来ているらしいので、警戒しているのです」と、船医は、自分の頭を指さした。
船長は、困ったという表情で、
「じつは、本船の上を、怪しい飛行機が飛んだことについて、赤石に聞いてみないと、事実がはっきりしない点があるのでね」
「赤石君にきかないでも、外の人だけで、わからないのですかね、私も聞いたが、あれだけはっきりした爆発音だから、それでも分かりそうなものだが」
「いや、ドクトル。どうも、それだけのことじゃないらしいんでね、それで困っとる」
と、船長は、口を大きくむすんで、
「第一、空襲らしいというのに、本船の者で、誰も飛行機の近づく爆音を聞いたものがないのが、おかしい。もちろん、飛行機の姿も見えなかった」
「船長。爆弾がふってきたんだから、それでもう、飛行機の襲来だということは、たしかではありませんか」
「いや、それが、そうかんたんにきめられないのだ。それに、赤石のたおれていたとこに、ばらばらと落ちていたうつくしいきり花だが、こんなものがどうして、あんなところにあったか、これは赤石に聞かないと、わからないことなんだ」
と、船長は、手に握っていた数本のきり花を、机のうえに投げだすようにおいた。
「たったこれだけの花ぐらいのことを、そう気にすることはないでしょう」
「いや、これは、その一部なんだ。もっとたくさんある」
船長は、いよいよ苦《にが》りきって、
「もっと、困ったことがある。今しらべてみてわかったんだが、あの爆発事件の最中に、この船内から、二人の船客が、姿を消したんだ。二人ともミマツ曲馬団の人たちで、一人は団長の松ヶ谷さん、もう一人は、トラとよばれている丁野十助という曲芸師だ。船内を大捜査したが、たしかにこの二人の姿が見あたらない。それから、三等食堂の血染《ちぞめ》のテーブル・クロスの事件ね」
「ああ、あの血染事件の血液検査を、やることになっているが、こういう次第で、手が一ぱいですから、あとで、なるべく早くやります」
「とにかく、わしの直感では、この船は、横浜へ入るまでに、どうかなってしまうのじゃないかと思う。単なる空襲事件ではない。もっと何かあるのだ。今、手わけして、探してはいるがね。ねえ、ドクトル、あんたも、なにかいい智恵をひねりだしてくださいよ」
船長は、苦笑《くしょう》していった。
そのとき、房枝の手をひっぱるものがあった。房枝は、船長とドクトルの対話に、気をとられていたが、手をひっぱられたので、その方をみると、それは曾呂利がやったのだ。
「ねえ房枝さん。そこへ船長さんがもってきた花を、私に見せてください」
「まあ、あなたが見て、どうなさるの」といったが、房枝は、テーブルのうえから、花をとって、曾呂利に渡した。
曾呂利は、その花を手にとって自分の鼻に押しあてた。そのとき、彼の目が、急に生々と輝《かがや》きだした。
「ほう、この花は、非常に煙硝《えんしょう》くさい。おや、それに、なめてみると、塩辛《しおから》いぞ、海水に浸っていたんだ。すると、この花は、船の上にあった花ではない、海の中にあった花だ。これは、ふしぎだ」
曾呂利は、まるでなにか怪物につかれた人のようにぶつぶつと口の中でひとりごとをいった。しかし房枝は、その一言半句《いちげんはんく》も聞きのがさなかった。そして、曾呂利の顔を、穴のあくほど見つめていたが、はっとした面持で、
(この人は、どうしても、帆村荘六という名探偵にちがいないと思うんだけれど。なぜ、曾呂利本馬などと、名をかえているのでしょう)
と、ふしん顔。
そのとき、電話のベルが鳴った。看護婦が出ると、船長に急用だという。そこで船長が、かわって電話機をとりあげたが、一言二言《ひとことふたこと》いううちに、船長は、おどろきのこえをあげた。
「えっ、見つかったか。ふーん、そりゃ、たいへんだ。今すぐ、わしは、そこへいく」
なにが見つかったというのだろう。
それをきいて、曾呂利本馬が、すっくと立ち上った。松葉杖なしで、曾呂利がつっ立ったのである。
石炭庫《せきたんこ》の中
「おい、見つかったそうだ、ミマツ曲馬団の松ヶ谷団長が、石炭庫の中で」
船長は、おどろくべきことばをのこすと、すぐさま医務室をとびだした。
「えっ、団長さんが、見つかったんですって、まあ、よかったわ」
と、房枝は、よろこびの色をうかべて、曾呂利本馬の方をふりかえった。
行方不明をつたえられた二人のうち、一人は見つかったのだ。ことに、松ヶ谷団長が、このまま、行方不明だったら、このミマツ曲馬団は
前へ
次へ
全55ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング