事を不審《ふしん》がらせた。
「帆村君。あの音はなんだ。あれでも、爆発じゃないというのかね」
帆村は、ちょっと困ったという顔をして、
「今のも、やっぱり爆発でしょうね」
「すると、君の予想は、見事にはずれた」
「いいえ、はずれてはいません。今のは番外です。他の工場は、どこもみんな、林のように静まりかえっています」
「なるほど、それはそうだ。だが、番外とは、どういうことかね」
「あれは、あれは多分、トラ十のやった仕事じゃないでしょうか」
「トラ十? トラ十といえば、さっきから見えないが」
「僕も、ちと油断をしておりました。トラ十はすっかり改心して、僕と一緒にターネフ邸にしのびこみ、僕に手伝って、あのとおり、おそるべきBB火薬を新X塗料ですっかり無力にしてしまったのです。だから、僕はつい目を放していたのがいけなかったのです。トラ十が、われわれのそばから姿を消したことに気がついたのは、三十分ほど前でした」
「それで、番外の爆発事件というのはどういうことかね」
「今に、報告が入ってくるでしょうが、あれはターネフ邸が爆発したのではないでしょうか。あの火の見当といい、あの爆裂《ばくれつ》のものすごさといい、あれはどうしても、ターネフ邸の花園の下にあったBB火薬庫に火が入ったとしか考えられません。きっと、そうですよ。トラ十がターネフに、ついに復讐をしたのですよ。トラ十は、悪いやつですから、なかなか執念ぶかいのです。それにターネフも、トラ十に対して、これまでずいぶんひどいことをやりましたからね」
そういった帆村は、他の人の知らないトラ十の秘密をしっていた。それはすこし前、トラ十が改心して、帆村に協力するようになったとき、トラ十が帆村に語ったことであった。これによると、トラ十はターネフに対して大きい恨《うら》みを抱いているのだった。それは彼の父親が、今から十年ほど前、例のクラブで雑役夫として働いていたとき、クラブの集会を立ち聞きしたというかどで、ターネフのためにピストルで撃ち殺されたのである。トラ十は他の都会で働いていたが、このことを聞いて非常に怒ったが、この怒りを胸におさめて、いつかターネフをやっつけて父の霊《れい》を慰《なぐさ》めてやろうと思っていたのだ。そしてそのときにトラ十が帆村にうちあけたところによると、彼も彼の父も、ともに日本人ではなく、中国人であり、本当の姓は楊氏《ようし》というのであった。トラ十いや楊重庭《ようじゅうてい》は、そうときまると、自分の身をまもるために、それ以来、日本人に化けたのである。
さて、帆村の推測は誤りなかった。間もなく、この山の上に、ターネフ邸の怪爆発事件の報告がされた。なんでも、爆発現場はものすごいことになっているそうで、あのうつくしい花壇はどこへ飛び散ったか、花の首一つ落ちておらず邸宅も爆発と同時に、その半分が吹きとび、その残りもあと五分ほどのうちに紙のように燃えつくしてしまったそうである。今更おどろかされるBB火薬の威力であった。
これは、その後の話であるけれど、ターネフ一味もトラ十も、ついに永遠に姿を見せなかった。だから、トラ十がターネフに恨をのべにいって、爆薬に火をつけてあの戦慄《せんりつ》すべき最期をとげたことは、帆村たちの推測によるだけであった。しかし帆村の推測は、前後の事情から考えて、多分まちがいのないことのように思われる。
かくして世界|骸骨化本部《がいこつかほんぶ》がターネフ首領たちを使って日本一の工場[#「日本一の工場」はママ]を一せいに破壊しようとし、世界人類の平和生活に大きなひびを入れようとした戦慄すべき陰謀は、きわどいところで防ぎとめられた。全くもう一歩というところであった。あぶなかった。あぶなかった。
すると、房枝は、どうしたであろうか。両親のため国家のため、房枝は、爆薬の花籠と共に沼の中に身をおどらせ、そこに一命を終ろうとしたが、そのとき、ようやく追いついたスミ枝が、房枝のうしろから引き留めて彼女の一命を救った。そして籠だけを、沼の中になげこんだの、であるが、その花籠がついに不発に終ったことは、みなさんも既に御存じのとおりである。二人が、沼のそばにうち重なって、はあはあと息を切っているところへ、彦田博士夫婦も、ようやく駈けつけた。
「おお、房枝さん、いや、あたしの可愛いい小雪」
「お母さん」
「お父さんの方も、よんでおくれ」
房枝、いや彦田小雪は、右と左とから両親にとりすがられ、まるで夢を見てるとしか思われなかった。
もうこの世では望みのないと思っていた両親に、めぐりあえたのであった。いや、しかもその両親は、名実ともにじつにりっぱな両親であったことは、小雪の幸福であった。
小雪は、今は、もちろん両親のもとに、幸福に暮し、そして孝行に身をささげているが、仲のよ
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