叫んだ。
「なによ。房枝さん。どうしたの」
「いえ、このメリンスの模様ね、梅の花に、鶯《うぐいす》がとんでいる模様なんだけど、あたし、この模様に何だか見覚《みおぼえ》があるわ」
「あら、いやだわ」
 スミ枝が、ぷーっとふきだした。
「スミ枝さん。なぜ、おかしいの?」
「だって、梅の花に鶯の模様なんて、どこにもあるめずらしくない模様よ。それをさ、房枝さんたら、何だか見覚があるわなんて、いやにもったいをつけていうんですもの」
「ほほほほ。そうだったわねえ。梅に鶯なんて、ほんとうにめずらしくない模様だわ。ほほほほ。でも」
 つりこまれたように、房枝は高らかに笑ったが、そのあとで、やはり小首をかしげる房枝だった。
「あーら、いやな房枝さん。まだ、はっきりしないの」
「でも、あたし、この模様、たしかに見覚があるのよ。もうこのへんまで思い出しているんだけど、そのあとが出てこないのよ」
 房枝は、そういって、頸《くび》のところへ手をやった。スミ枝が栓《せん》をひねって、湯をじゃあじゃあ出しはじめた。

   地下室の密議《みつぎ》

 そこは窓のない部屋だった。
 壁のところには、配電盤や棚のようにかさねた高級受信器などの機械類が並んでいた。
 二人の外人が、電信をうけていた。
 どうやら、ここは地下室らしい。
 ことんことんと、靴音が近づいてくる。階段を下りてくる音らしい。一人ではない。二、三人であった。
 入口の扉についているベルが鳴った。
 扉がひらいた。
 電信員がふりかえるとその目の前に、ぬっと現れたのは、ターネフ大佐[#「ターネフ大佐」はママ]とニーナ嬢、それにワイコフ医師の三人づれだった。電信員は、はっと敬礼をすると、また元のように機械の方を向いて、電鍵《キイ》を叩《たた》きだした。
「ここなら、大丈夫だ、まあ、そこへ掛けろ」
 ターネフは、二人にいって、自分で、室のまんなかにある卓子《テーブル》の方へ椅子をもっていった。
 ニーナもワイコフも、てんでに椅子をはこんで腰をかけた。
「あの日本人の娘どもは、もっとおとなしくさせるわけにいかないのかい。どこの部屋でも、えんりょなしに入ってくるので、始末がわるい」
 ターネフ首領は、にがい顔だ。
「でも、あれをへたに禁止すると、かえってあの娘たちに警戒心を起させますわ。今日一日のことですから、辛抱していただかなければ」
 と、これはニーナの弁明である。
「ふん、まあ、これはいいとして、例の方は、手ぬかりないだろうな」
「ええ、準備は、もうすっかりついています。今回同時爆発をとげる工場の数は、全部で五十六ということになっています」
 ワイコフ医師は、とんでもない報告をするのであった。
「同時爆発というが、まちがいないだろうかねえ。時刻がきちんとあわないと、どじをふむからなあ」
「その点は、大丈夫です。ものの五分と、くいちがいはないはずです。すっかり試験をしてありますから、まちがいなしです」
「銅板《どうばん》を酸がおかして、穴をあけるまでの時間だけ、もつというわけじゃな」
「そうです。つまり、時計仕掛よりも、この方が場所もとらないうえに、発見される心配がないのです。銅板の厚さと酸の濃度からして、発火時刻は、今夜の九時ということになっています」
「えっ、九時か、九時は、いけないよ。午後四時に爆発させなきゃ効目がうすい」
「九時にするようにと、御命令がありましたが」
「うん、はじめはそういった。しかし九時はいけないよ。どうにかして、四時爆発ということにならないか」
「困りましたな。全部やりかえるとなると、今からやっても、もう間に合いません」
「ふん、ちょっと、ぬかったな。いや、わしも注意が足りなかったのじゃ、じゃあ、仕方がない、午後九時の爆発で我慢をするか」
「九時でも、相当きき目があると思います。つまり工場には番人だけしかおりませんから、爆発が起れば、貴重な機械は完全に壊れるうえに、火災が起っても、人手が足りないから、どんどん延焼《えんしょう》していきます」
「だがなあ、ワイコフ。午後四時の作業中に爆発をやった方がもっと効目があるぞ」
「そうですかしら。私は反対のように、考えますが」
「お前は、あたまがまだよくないぞ。いいか、作業中にやれば、五十六箇所の工場の機械が壊れるうえに、そのそばにいた何千人何万人という熟練職工がやられてしまうじゃないか。機械と職工とこの両方をやっつけてしまえば、ここで日本の生産力というものはどんと落ちる。機械と職工との両方を狙うのが、うまいやり方なんだ、どうだ、これでわかったろう」
「なるほど、一石二鳥という、あれですね」
「機械だけで、いいじゃありませんか。職工まで殺すなんて、ちと野蛮ね」
 ニーナが口をはさんだ。
「野蛮もなにもない。あたりまえだ。機械はすぐ
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