いる。
「ニーナさんは、親切な方ですわ。あの方をあやしむのはまちがいだと思います」
房枝は、どこまでも、ニーナを弁護しているのだった。
「じゃあニーナのことは、それくらいにして、トラ十こと丁野十助のことだが、あいつは、ミマツ曲馬団へも一度雇われたいとたのんで来たのではなかったかね」
若い検事が、きびきびと質問をする。
房枝は、かぶりをふって、
「いいえ、そんなことを聞いたことはございませんわ。トラ十さんは、雷洋丸《らいようまる》にのっているとき会ったきりで、こんど内地へかえってきてからは、丸ノ内のくらやみで会うまでは、まだ一度も会ったことがございません」
「ふーん。それは本当かね。まちがいないかね。トラ十は、ミマツ曲馬団《きょくばだん》へもう一度雇われたいと思って、いくどもたずねていったといっている。そのために、トラ十は、郊外のある安宿に、もう一週間もとまっているといっているぞ。本当に、トラ十が曲馬団をたずねていったことはないか」
「さあ、ほかの方ならどうか存じませんけれど、あたしにはおぼえがございません」
「それなら、もう一つたずねるが、トラ十以外の者で、誰かこのミマツ曲馬団に対して恨《うらみ》を抱いていた者はないか」
「あのう、バラオバラコの脅迫状のことがありますけれど」
「バラオバラコのことは、別にしておいてよろしい。そのほかにないか」
「ございません。ミマツ曲馬団は、皆さんにたいへん喜ばれていましたし、団員も、収入がふえましたので、大喜びでございました。ですから、ほかに恨をうけるような先は、ございませんと存じます」
「そうか。取りしらべはそのくらいにしておきましょう」
検事は、そういって、警官たちと、ひそひそとうちあわせを始めた。
「どうだ。もうこのくらいでいいだろう。トラ十をもっとしらべあげることにしよう」
「それがいいですね。そして、山下巡査が見つけた沼地についた大きな足あとが、トラ十の足あとであるという証明がつけばいいんですがねえ。あそこのところが合うように持ってきたいものですなあ」
「まあ、そのことは、後にするがいい」
と検事は、おしとめて、こんどは帆村の方に向き、
「おい帆村君。君は何かこの娘に聞きたいことはないか。許すから何でも聞いておきたまえ」
「はあ、それでは、ちょっと」
と、さっきから黙っていた帆村が、房枝の方へ向き直った。房枝は、帆付から何をきかれるのかと、ちょっとはずかしくなった。
「ちょっと伺《うかが》いますが」
と、帆村は、意外にも、かたい顔を房枝の方に向け、
「あなたは、ミマツ曲馬団の誰かを殺害《さつがい》しようという計画をもっていたのではないですか」
「えっ、なんとおっしゃいます?」
帆村の問は、房枝をおどろかせたばかりではない。検事はじめ警官たちも、その問にはおどろいてしまった。それは房枝を爆破事件の犯人として疑っているようにも聞える質問だったから。
「じゃあ、もう一度いいます。あなたは、ミマツ曲馬団の誰かを殺害する考えがあったのではないですか」
「まあ、帆村さん、あまりですわ。と、とんでもない」
房枝は、肩をふるわせて叫んだ。
帆村は、なぜとつぜん、こんなことをいいだしたのであろうか。ならんでいる警官たちの目が、一せいに帆村の顔にうつる。
「あなたは、そういう考えのもとに、爆発物を、曲馬団のどこかに仕掛けておき、そしてあなたは、自分の体を安全なところへ移すため、丸ノ内へ出掛けていったのではないですか。一人でいくのは工合がわるいから、黒川新団長をさそっていった」
「まあ、待ってください。帆村さん。あたくしが、そんな人間に見えまして、ざんねんですわ」
房枝は、すすり泣きをはじめた。しかし帆村は、一向動じないかたい表情で、
「だから、バラオバラコの脅迫状も、実は、あなたが自分で作ったものであると、いえないこともない。あなたが安全な場所へ出かける口実を作るため、自分で脅迫状を出したのではないのですか」
「あ、あんまりです。あんまりです」
と、房枝は、とうとう泣きくずれてしまった。
それを見かねたものか、検事は、
「おい帆村君。その点は、われわれももちろん考えてみたが、この娘は、それほどの悪人ではなさそうだ。われわれもそのことについてはうたがっていないのだから、それでいいではないか」
「はい、それではどうぞ」
帆村は、かるくおじきをして、後へ下った。
房枝は、くやしくて仕方がなかった。帆村探偵は、りっぱな青年だと思っていたのに、なんというひどいことをいう人であろう。あろうことかあるまいことか、自分を殺人犯だとうたがうなんて、そんな仕打があるであろうかと、日頃の好意が、すっかり消しとんでしまった。
帆村は、ただ沈痛《ちんつう》な顔をしている。彼の胸の中には、他人にい
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