百となくつづいている。夕方になると、ビルの窓という窓には、きいろい明りがついて、一だんとにぎやかになって見える。
だが、それからさらに時刻がうつると、窓の灯は、しだいに、先を争うように消えて行き、そして午後八時ごろになると、ぽつんぽつんと、のこりの灯が消し忘れられているのが目立ち、急にさびしくなる。
今は、午後十一時をまわっている。房枝が、あたりを見わたすと、ビルの灯は、一つのこらず消えている。街路灯さえ、ここにはついていない。まっくらな道を行くと、足音がビルの壁に反響して、異様な音をたてる。両がわには天へもとどくかと思われるようなビルの黒い壁がつっ立ち、ビルとビルとのせまい間からは、夜空がちょっぴりのぞいていて、星がきらきらとことのほか美しく見える。人通りは全くない。死の街を歩いているような気がする。
「さびしいわねえ」
房枝は、いつともなく、黒川の方へすりよっていた。
「うん、さびしいなあ。バラオバラコは、わざわざこういうさびしい時刻、さびしい場所をねらったのだ。それにはここはもってこいの場所だからねえ」
黒川は、おそろしそうにいった。
「なんだか、あたしたちは、湖の底にしずんだ街をあるいているようね」
房枝は、自分の感じを、そのようにいいあらわした。
「うん。ビル街が、こんなにおそろしいところだとは、今夜歩いてみて、はじめて知ったよ。さっきから、こうして歩いているが、まだ一人の通行人にも会わないねえ」
「ああ、そうね」
と、房枝も、なんだかおそろしくなって肩をすぼめた。バラオバラコは、二人をおどかすため、この上ない、よい場所をえらんだのであった。
「おお、ここがネオン・ビルだが」
黒川は、立ちどまった。
「ああここがネオン・ビル?」
房枝は、ネオン・ビルときくと、急にからだがひきしまった。そして、バラオバラコがなんだと思った。そのために、さびしさ、おそろしさが、いくぶん消えていったようである。ちょうどそこは、大きな寺院の入口みたいな荘重《そうちょう》な大玄関であった。左右に何本かの石柱《いしばしら》が並び、石段がその間をぬって上へのぼっている。奥はくらくてわからないが、重い扉がしまっているようである。
「だれもいないじゃないの」
房枝が、反抗するような口調《くちょう》でいった。
「そうだなあ。まだ、先方の御人《ごじん》が来ていないのだろう。わしたちが、一足先に来たというわけにちがいない。やれやれ気づかれがした」
黒川は、そういって、冷たい石段に腰をおろした。そのときである。とつぜん、階段の上から思いがけない人のこえがした。
「ふふふふ。さっきからこっちは待ちくたびれていたぞ」
「あっ!」
黒川は、それをきくと、石段からはねあがった。
襲《おそ》う者《もの》、追《お》う者《もの》
房枝も、ひじょうにおどろいた。
だれもいないと思った石段の上から、とつぜん一人の男が、とびだしてきたのだから。
(何者だろうかしら)
房枝は、うしろに身をひいて、ビルの壁にぴたりとよりそって、とつぜん、とびだした怪漢の顔を見定めようとする。
すると、その怪漢が、つかつかと下りてくると、房枝の手をぐっとにぎった。
「おい、房枝。にげたりすると承知しないぞ。むかしの仲間をそまつにするな。さあ、こっちへはいれ」
そういうこえに、房枝はおぼえがあった。そして闇の中にうかぶ顔を見れば、それは房枝の思ったとおり、元の座員のトラ十であったではないか。
「ああ、トラ十さんなのね」
「そうだトラ十さまだ。お久しゅうござんしたね。雷洋丸がやられたときは、あなたさんたちと、こうしてふたたび娑婆《しゃば》でお目にかかれようとは思っていなかったよ。ふふふ、お互さまに、悪運がつよいというわけだね。なあ黒川ニセ団長」
トラ十は、黒川のことをつかまえて、ニセ団長などと、いやなことをいった。
その黒川は、石段の端のところで、小さくなってふるえていた。
「おう、黒川ニセ団長。さっそくこっちの用事をいうが、お前、きょうここへ持って来たものを、さっさと出してしまえ」
トラ十は、命令するようにいった。
黒川は、それをきいて、けげんな顔。
「えっ、持って来たものを出せというが、なにを出すのかね。わしはなにも持ってこないよ」
「なんだ、なにも持ってないって、この野郎、かくすと承知しないぞ。たしかに持って来たものがあるはずだ」
「そんなものはありません。持ってきたというなら、その品物の名をいってください」
「お前は、剛情《ごうじょう》だな」とトラ十はいって、こんどは房枝の方に向き、「おい房枝、お前はいい子だから、かくさずにいうだろう。おれにあまり手あらなことをさせないのが、かしこいのだぞ、さあ、持ってきたものを出せ」
「トラ十さん。あんたはなに
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