か思いちがいをしているわ。あたしたちは、ここへ来いと命ぜられたから、からだ一つで来たわけよ。なんにも持ってなんか来ませんわ」
「なんだ、お前までおれにかくす気か」
「おい丁野《ていの》さん。房枝をいじめるんじゃないよ。いい加減にしなさい」
黒川は、見るに見かね、トラ十をしかりつけた。
トラ十は、小首をかしげている。なにか、彼には思いちがいがあったようである。
「ふん、やさしくいえば、二人ともつけあがって、おれをばかにする。よし、こうなれば、荒療治《あらりょうじ》だ」
そういうと、トラ十の手に、きらりとなにか光った。トラ十がポケットから、ピストルを出したのである。
「うごけば、これだ。おとなしくしろ」
トラ十は、くらやみの中で、きみの悪い笑を顔にうかべていった。
「うしろを向いてもらおうかい。おれは、やるだけのことはやるんだ」
トラ十の命令で、やむなく黒川と房枝とは、うしろを向いた。トラ十は二人の手をうしろにまわさせて、麻縄《あさなわ》でしばった。それから、走れないように、足首のところも結んでしまった。
そうしておいて、トラ十は二人の持ちものをしらべ、それから二人のからだをしらべた。トラ十は、明りが往来へもれるのをおそれて、柱のかげへ二人を入れてしらべたのであった。
「どうもおかしい。なにもない」
トラ十が、ふしぎそうにいった。
「そら、みろ。わたしたちは、なにもかくしていないのだ」
黒川が、たしなめるようにいった。
「なにをいっているか。おれは、まだ、あきらめているわけじゃない。なければないで、これからもっと御丁寧《ごていねい》に、お二人さんをしらべるだけのことさ。裸にむいても、指の一本二本を切りおとしても、ほんとうのことを白状させてみせるぞ。かくごしろ」
トラ十は、ざんにんなことを、平気でいう。
黒川が、それに不服をいうと、とたんに、トラ十のこぶしが彼の頬にとんだ。
いったいトラ十は、なにをねらって、こんなばかげたことをくりかえしているのだろう。黒川がしらべられると、次は房枝の番になる。裸にされるなんて、いやなことである。
「房枝、うごくと承知せんぞ。お前にはこれが見えないのか」
房枝が、そっと石段を一段だけ下りようとしたとき、トラ十は、すばやくそれを見てとって、ピストルの銃口で、房枝の背中をついた。
(だめだ、もうのがれるすべはない)
房枝は、かなしくなった。いよいよとなったら、すきを見て、トラ十を蹴ってやろうと、最後の腹をかためた。
そのときである。二人のうしろにいたトラ十が、とつぜんおどろきの声をあげた。
「あっ、だれだ。じゃまをするのは」
うーむと呻《うな》って、トラ十は、あばれ出した。
「トラ十、こんなところで君にあえるなんて、こんなうれしいことはないよ」
「そこを放せ。お前はだれだ」
黒川と房枝は、うしろをふりかえった。
どこから降って湧《わ》いたか、一人の男が、トラ十のうしろから組みついている。そしてピストルを握ったトラ十の腕を、逆に高くねじあげている。
房枝は、トラ十をおさえてくれる何者かの方へ応援したのがいいのだとは思ったが、手を出しかねていると、トラ十のもっていたピストルが、下におちて、階段をころがった。
「さあ、これで、もうおとなしくしろ」
青年は叫んだ。
そのこえ! 房枝ははっと胸をつかれたように思った。
「あ、帆村さんじゃありません」
すると、青年はすぐこたえた。
「そうです、帆村です。あぶないところでしたね」
「なんだ、きさまは帆村荘六か。ふーん、帆村なんぞに、ひねられてたまるものか」
と、おどろいたトラ十は、満身の力をこめて、帆村のからだを左に右に、ふりとばしにかかった。
「あっ! しずかにせんか」
といったが、このときトラ十は、帆村の腕をほどいて、ぱっと往来へにげだした。
深夜《しんや》の怪人《かいじん》
「あっ、トラ十がにげた」
「帆村さん。しっかり」
黒川と房枝は、こえをたててさわいだ。しかし二人とも帆村に加勢することは出来なかった。二人とも、手をしばられ、足首のところを固く結ばれているから、そろそろ歩くのはともかくも、走るなどということはできない。せっかくのこんなときに、帆村に力をそえることができなくてと、ざんねんに思いながら、二人は階段を下りようとした。
「あっ、あぶない」
「あれっ」
足は結ばれているし、気はせいている。しかも二人が、階段をいそいで下りようとしたものだから、二人のからだが、どんとぶつかった。あっといったときには、二人は、もろに足をふみはずして、下へころげおちた。
「うーむ」、
房枝は、黒川のうなるこえをきいたが、次の瞬間、彼女も頭がぼーっとしてしまった。階段をころげた拍子に、運わるく脾腹《ひばら》をうったも
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