《こづ》いて、二人の時だけに見せる淫蕩《いんとう》な笑いを顔一杯に浮べていた。その濃艶《のうえん》な表情が、まだはっきりと国太郎の眼に残っているのに――
 すぐに紙入れを取って引返して来た時には、もうお由は此処に仆れていたのであった。
「初めは冗談だと思ったんですよ。けれど、様子が可怪《おか》しいんでしょう。だから驚いちゃって――」
「一体、君が此処へ帰って来るまで、詰《つま》りお由さんが一人で此処に残っていた時間は、どの位だったの」
「三分とは経っちゃいないんです」
「三分? そして君が帰って来た時、この露路に誰も人は見えなかった?」
「ええ。はっきり覚えてはいないけれど、たしか誰も見えませんでした」
 が、其時《そのとき》何故《なにゆえ》か変電所の四角な窓が、爛々《らんらん》と輝いていた事を青年は不図思い浮べた。
「困ったね、何方《どっち》にしても。どうする君は?」
 土岐の言葉に、急に自分の立場をはっきり思い起して、国太郎は忽《たちま》ち竦《すく》むように頭を抱《かかえ》てしまった。
「僕は、僕は殺されますよ。きっと、なぶり殺しにあわされるんだ!」
 それは何《な》んとも言えなか
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