るが、その後の闇の中へお由の屍体を下して、二人は初めてほっとした。
 幸い途中で誰にも見られなかった事は、彼等にとって何よりであった。

「土岐さん、一寸土岐さん!」
 大声で揺り起されて土岐健助が、宿直室の蒲団《ふとん》の中からスッポリと五分刈頭を出したのは、もう朝も大分日が高くなった頃であった。
「ヤア!」
 土岐は其処に喜多公こと田中技手補が柔かいものをだらしなく着て、棒のように突っ立っているのを見出すと、渋い眼を無理に開けるようにして声を掛けた。然し喜多公の顔は緊張しきって蒼白《まっさお》だった。
「あの、今戸の姐御が殺されちゃってね。つい其処にむごたらしく殺《や》られているんでさ。あっしはこれから直ぐ今戸へ行かなけりゃならないんで、すみませんがあんた一つ、今日の当番をかわってくれませんか」
「へえッ!」
 健助は瞬間どきりとしたが、その気持を隠さずに喜多公の顔を見詰めた。が、喜多公はそんな事に頓着《とんちゃく》なく、技手が当番の事を承諾すると、風の様に外へ飛び出して行った。
(むごたらしく殺られている)土岐は起きようともせずに、昨夜《ゆうべ》の生きている儘に死んでいたお由の美
前へ 次へ
全28ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング