かに自分の筆蹟にちがいない。だが、この手帖は、さらに見覚えのない品物だ。一体どうしたというんだろう」
 彼は、すっかり気持がわるくなった。
 たしかに自分の筆蹟にちがいないのに、その手帖には見覚えがない。こんなふしぎなことがあろうか。
 その疑問を解くために、彼はつとめて気を鎮《しず》めながら、手帖に書かれた文句をよみはじめた。
 こんなことが書いてあった。
「五月××日。天気がいいので、堀切の菖蒲園《しょうぶえん》へいってみる。かえりに、浅草《あさくさ》へ出て、映画見物。家へかえったのは午後十一時半だった。部屋の鍵をあけたとたんに、背後《うしろ》から声をかけられた。ぷーんと髪の香《におい》がした。Yだ。Yが立っている。しかたがないので、部屋へ入れる。かえれといったがかえらない。無理やりに泊《とま》ってゆく。困ったやつだ」
 彼は、これを読んで、溜息《ためいき》をついた。そして首をふった。
「へえ、どうしたというんだろう。一向に覚えがないが……」
 この日記によると、Yという女が、夜おそくまで、部屋の外に立って、主人公のかえりを待っていたというのだ。女は主人公が部屋の錠《じょう》をあけ
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