たときに、声をかけた。そして無理やりに泊っていったという。これでみると、Yという女は、気の毒にも主人公から冷淡《れいたん》にあつかわれている。Yという女の姿が見えるようで、たいへんいじらしくなった。
それでいて、この日記の主人公なる者が、一体誰なんだか分らないのだった。
その主人公こそは、彼――宮川宇多郎なのであろうか。
「いや、断じて、自分ではない。自分には、そんな記憶がない」
記憶がないから、自分ではないと思ったものの、この手帖は自分の机のひきだしの中に入っていたことといい、その日記の筆蹟が、たしかに自分のものであることといい、じつに気持のわるいことに覚えた。一体、どうしたというのだろう。
彼は、さらにその手帖の頁をくって、先を読んだ。
「五月××日。Y、夕方暗くなって、かえってゆく。もうこれでお別れだという。もう諦《あきら》めたともいう。どうかあやしいものだ。いつもその手をつかう。かえったあとで、座蒲団《ざぶとん》を片づけると、下から私の写真がでてきた。その写真は、ずたずたにひき裂いてあった。さっき私の写真を一枚くれと熱心に頼んだものだから、つい与えたのだが、Yのやつ、持
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