ど遠慮した言葉づかいでしょう。きっとそのとき私は、塩を嘗《な》めた木乃伊《ミイラ》のように、まずい顔をしていて、しゃちこばっていたに相違ありません」
「それで、なぜあなたは矢部氏の脳をほしがるのですか」
「わかっているじゃありませんか。矢部君の脳室の中には、美枝子を慕《した》う情熱を出す部分がまだ残っているのにちがいありません。それを切り取って、私にうつし植えてください。私の持っている金は、いくらでも矢部君にあげてください」
 博士は、黙って考えこんだ。
「それからもう一つおねがいです。あのいやな日本髪の年増女《としまおんな》の幻が出るところの脳の部分を切り取って捨ててください。そうだ。もし矢部君が欲しいというのなら、その部分を、彼に植えてやってください」
「それはたいへんなことだ」
「博士、ぜひ早いところ、また手術をしてください。一体あの白粉《おしろい》やけのした年増女は、どこのだれなんですか」
 博士は、その質問にはこたえないで、
「うむ、とにかく矢部氏に相談してみよう」
 と、言葉すくなに云った。
 それから一週間ほどして、黒木博士は再び脳手術にとりかかった。手術室には、右に宮川
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