「ああ、そのとおりです。あなたは、どうしてそれを知っているんですか」
「いや、この前いつだか君から話をきいたことがあったじゃないか」
 と、宮川は嘘言《うそ》をついた。美枝子のことをなぜ宮川が知っているか。それをいえば、矢部はきっとびっくりするに相違ない。
「どうだい、矢部君。これから二人して、美枝子さんがどうしているか、その様子をそっと見にいってみようじゃないか」
「そ、そんなことを……」
 と、矢部は尻ごみしたが、宮川はおっかけいろいろといい含めて、ついに矢部をひっぱり出すことに成功したのだった。
 矢部の案内で、宮川は丸の内の或るビルの前へいった。
 宮川は、新調の背広に赤いネクタイをむすんで、とびきり豪奢《ごうしゃ》な恰好をしているのに対し、矢部は例によって、くたびれきった服に身体をつつんでいた。
 やがて時刻とみえて、ビルの横合《よこあい》の出口から、若い男や女が、ぞろぞろと出てきた。
 それを見ると、矢部はすっかり怯気《おじけ》づいて、逃げてゆこうとした。宮川は、その手をしっかと握って、自分の傍にひきつけて放さなかった。
 宮川は、ビルの中から出てくるおびただしい女たちの顔
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