を、いちいち首実験していたが、そのうちに、矢部の手をぐっと強く握って、
「おい、あの女だろう。空色のジャンバーを着て、赤い細いリボンをまいた黒い帽子をかぶっているあの女――ほら、いまハンドバッグを持ちかえた女だ」
「そうです、美枝子ですよ。宮川さん、放してください。僕は美枝子に会うのはいやだ」
「そんな気の弱いことでどうするんだ。ほら、美枝子さんは、こっちへ来る」
 そういっているとき、美枝子の視線が二人の男の方に向いた。そしてはっとした様子で、足早《あしばや》にちかよってくる。矢部は、宮川の手を力一杯ふりきって、逃げてしまった。
 後に宮川はひとりで立っていた。彼の眼は、いきいきと輝いていた。まるでゲーテが、久方《ひさかた》ぶりで街で愛人ベアトリッチェに行きあったような恰好であった。
「ああ美枝子さん」
「まあ、どなたですの」といって女は宮川につかまれた手をふりほどきながら、「ああ、あの人をつかまえてください、矢部さんを」と身体をもだえた。
「ああ、矢部君のことですか。彼はあなたに会うのが恥《はずか》しいといって逃げたんです。だが、私にまかせて置きなさい。わるいようにはしない」
「ま
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