士と看護婦長との会話にあらわれた問題の患者|宮川宇多郎《みやがわうたろう》氏は、わが身の上にこんな気がかりな話があるとはしるよしもなく、病室内を動物園の狼《おおかみ》のように歩きまわっている。
 彼は今朝、病院内の理髪屋《りはつや》で、のびきった髪を短く刈り、蓬々《ぼうぼう》の髭《ひげ》をきれいに剃りおとし、すっかり若がえった。だが、鏡に顔をうつしていると、久しく陽に当らなかったせいか、妙に蒼《あお》ぶくれているのが気になった。それにひきかえ、後頭部の手術の痕《あと》は、ほとんど見えない。これは手術に電気メスを使うようになって、厚い皮膚でも、逞《たくま》しい肉塊《にくかい》でも、それからまた硬《かた》い骨でも、まるでナイフで紙を裂《さ》くように簡単に切開できるせいだった。よく気をつけてみると、毛髪《もうはつ》の下の皮膚が、うすく襞状《ひだじょう》になっているのが見えないこともないが、それが見えたとて、誰もそれを傷痕《きずあと》と思う者がないであろう。じつにおどろくべき手術の進歩だ。
 そのように手術の痕は至極単純であるのにもかかわらず、彼はこの病院に一年ちかく入っていたのだ。
「おお、
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