きるくらいの金でした」
 宮川は、脳の一部の値段が、そんなに高いものかと、聞いておどろいた。矢部の口ぶりからすれば、すくなくとも五六万円らしい。それだのに、彼は一年たつかたたないうちにその莫大な金を使いはたし、いまたった五十円の金に困って無心をしているのだ。なんとかいう女のためとはいえ、あまりにもはげしい金の使い方だった。宮川は、その点に不審をおこした。矢部のいうことは嘘言《うそ》ではないか。
「いいえ、うそではありません。たしかにそれくらいの金は握ったんです。それをどうして使ってしまったというのですか。それはですね」と矢部は宮川の方へ顔を近づけていった。「相場《そうば》をやったのですよ。相場ですっかりすってしまったのです」
「それは乱暴だな。自分の脳を売った金で、相場をやるなんて。そのなんとかいう君の愛人にだって、気の毒な話じゃありませんか」
 宮川も、つい抗議めいたことをいいたくなっていった。
 すると矢部青年は、首を左右にふって、灼《や》けつくような視線を宮川の面《おもて》に送って云うには、
「乱暴かもしれません。たしかに僕は相場で失敗したのですからね。ですけれど宮川さん。もしも
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